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過去編 少年は訪れる未来に笑う


 「それではこの50階以降の新規ルールについてのご説明を……」


 まるで何事も無かったかのように話を続けようとするツガイだがその言葉にソルが思わず自分の言葉を割り込ませる。


 「おい何をそのまま話を続けようとしてむぐっ!?」


 眼前で見せつけられた光景に思わず食って掛かろうとするソルの口を封じたの隣のムゲンだった。手のひらで彼女の口を押えながら耳元でムゲンが囁く。


 「今は下手に食って掛からない方が良い。正直まだ状況すら全員飲み込めていないんだからな」


 激情に囚われかけていたソルだがムゲンの宥めるような言葉ですんでのところでブレーキがかかる。

 そんな二人のやり取りなどお構いなしにツガイは一方的に話し続ける。あえて口にはしていないが会話の内容もちゃんとその耳には届いている。

 とは言えツガイにとって目の前の冒険者達の心情など興味すら無い。自分はあくまでただ〝愛するあのお方〟の為に勤めに励むだけなのだから。


 「それではこの塔の新規ルールをご説明させてもらいます」


 彼女の口から新たに追加されたルールはムゲン達にとって完全に予想外のものであった。


 ・この中間地点以降からは命を落としても生き返る事はない。


 ・これまでは下の階層への後戻りは不可能だったがこの50階からは可能。ただし50階より下の階層には戻れない。あくまで50~99階のみ限定。


 ・この50階は挑戦者の疲労回復を目的としたエリア。魔法で空間を広げており空いている民家を好きに利用しても構わない。食事なども民家に自動的に魔法で至急される。


 案内役を名乗る妖狐からの説明はザックリと纏めるとこうだ。

 このルールを耳にしてムゲン達の中の危機感は一気に上昇した事は言うまでもないだろう。


 「(なんてことだ……こんな裏ルールがこの塔にあっただなんて……)」


 つまりこの先からは死んだらそれまでと言う事だ。先程彼女に襲い掛かって来た男は間違いなくこのルールにより追い込まれてしまったのだろう。この50階に至るまででも現出するモンスターはかなりレベルが高かった。恐らくあの男は頂上を目指したがあまりの過酷な敵に折れてしまったのだろう。だが49階までと異なり死ねば終わり、だから案内役のツガイに一か八かでこの塔から解放してほしいと訴えたのだろう。


 一通り伝えるべき事を伝えると彼女は付け加えるかのようにこんな発言を残す。


 「それと先程の男性の様に私に襲い掛かる事はお勧めできません。私はこの塔の〝主〟から管理を一任されている立場です。手を出してくる相手には正当防衛が認められているので」

 

 正直ここまでの話を聞いてムゲンは目の前の女性に複雑な感情を抱いていた。

 今の説明の際と言い、先程あっさりと男を殺した時と言い、彼女の表情には一遍の感情の変化が見られない。まるで眼前の自分達を命ある生き物でなくただの物として見ているかのようで不快感すら募る。

 だがここであの追い詰められていた男のように彼女に襲い掛かる事が正しい選択とも思えなかった。何故ならこの『修練の塔』に足を運んだのは他でもない自分達の判断なのだ。無理やりこの場所に連れ込まれたのならまだしも自らの意志でこの場所に足を運んだ以上は自主責任だろう。


 「それでは私はこれで……空いている民家はいくつもありますのでここまでの疲れを癒して下さい」


 「少しいいだろうか?」


 全てを伝え終わってこの場から去ろうとする彼女をムゲンが呼び止める。

 

 「最初に話しかけて来た時にどうしてあんたは俺達のパーティー名を知っていたんだ? そもそもこんな不可思議な塔は誰が建てたんだ? あんたが何度か口にする〝主〟とやらが建てたのか?」


 こんな質問をしたところでこの塔の攻略に役立つとも思っていない。だが何かこの先多少は有利に進めるヒントが零れ出ないかと言う淡い期待が僅かにあった。何しろここからは死ねば次のチャンスも何もないのだから。

 正直質問しておいてまともに相手をされないかとも思ったが彼女は必要最低限の返しをしてくれた。


 「申し訳ありませんがこの塔についての詳細な説明は頂点に辿り着いた者にしか教えられぬ決まりです」


 そう言った直後にツガイがその場から一瞬で消えた。

 この塔内では転移の類は使えないはずだが案内役の彼女だけは別なのだろうか? 


 「……とにかくここに来るまでみんな相当疲弊している。今は適当に空いている民家で休息を取るとするか」


 今はまず一度休息を取るべきと言うムゲンの判断に全員が異論もなく従う。先程のツガイの存在、その彼女の口にした主とやら、そしてこれ以降からの新ルール、色々と整理すべき情報は多々あるが今は体を休めたかった。



 ◇◇◇



 新たに50階まで到達したムゲン一行にひとしきりの情報を伝達し終えたツガイは転移の魔法でこの塔の最上階へと移動していた。

 本来であればこの塔の内部では転移魔法は扱えない。だが特例として彼女だけはこの塔の主によりその制約が免除されているのだ。


 転移を終えて最上階に着くと同時に彼女はその場で両膝をつく。


 「ただいま戻りました我が愛しの主様」


 そう言いながらツガイは自分の眼前で玉座に座っている少年に首を垂れる。

 自分に絶対の忠誠を表すツガイに対して少年は軽い口調で話し掛ける。


 「もう、毎度毎度そんなに堅苦しくしないでもいいって言ってるじゃん。ほらこっちにおいで」


 「はっ、はい!」


 まだあどけなさの残っているその声にツガイは嬉しそうに返事をする。つい今の今まで無感情だった彼女の顔には喜びで満ち溢れている。

 許可を貰ったツガイは愛しい主の傍まで寄ると物欲しそうな眼をしながら自分の頭を差し出す。


 「ふふっ、相変わらずツガイは甘えん坊だなぁ」


 そう言いながら少年は差し出された自分の付き人の頭を撫でる。

 

 「それにしても今回折り返し地点までやって来た連中、中々に面白そうだね」


 この少年はこの塔に居る全ての者の動向を常に把握する事ができる。今もなお彼の頭の中では用意された民家で休息するムゲン達が〝視えている〟のだ。


 「今回やって来た彼等は僕の元までやって来るよ。その時が楽しみだね」


 それはまるで確定した未来を告げるかのような物言いだった。この少年はムゲン達がこの『修練の塔』をクリアすると可能性の話をするでなく既に決めつけているのだ。

 

 「それは少々驚きです。ですが主様がそう仰るのであればそうなのでしょうね」


 自分の頭を優しく撫でる手の感触に酔いしれながらもツガイはその言葉に疑う余地なく納得する。


 この方の仰る事には何一つ間違えなど無い。そう……この世界でもっとも強大な存在である〝全知全能〟な我が主の言葉は全てがその通り帰結する。


 この『修練の塔』の建設者である少年はまるで新しい玩具を手にしたかのように嬉しそうにやがて訪れる未来に笑うのだった。



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