落ちぶれたマルク
一通り町の中をぐるぐると美少女二人と見回ったムゲン、その際は単純に野郎の嫉妬の視線とSランクの猛者を魅了している器の大きな男と言う色々な種類の視線を向けられた。だがもうここまでくればムゲンも慣れた様で特に反応もしなくなっていた。
だがその視線の中で明らかに嫉妬や羨望とは違い『殺意』の混じった異質な視線が一つだけあった。
「……なあ二人とも気付いているか?」
「ああ勿論。たくっ、せっかくこっちは気分よくデート中だっていうのに…」
「いい加減にしてほしいです」
ムゲンが前を向いて歩きながら二人に気付いているかと問うと当然だと頷いた。強者である彼女達からすればここまで露骨な視線に気が付かない方が難しい。まるで舐め回されるかのような視線をずっと煩わしく思っていたのだ。
彼等の背後の物陰から常に自分達を恨めしそうに見ているその人物――【真紅の剣】のマルクであった。
「(あいつ…この期に及んで何のつもりだ?)」
今の【真紅の剣】の現状を考えれば自分を付け回す余裕などないはずだ。現にあの決闘以降はギルド内でも顔を合わせても絡まれる事もなかったのだ。
しかもただ恨めしそうに睨まれているのではない。彼の手には炎剣が握られている。もしもこんな街中で襲い掛かってこようものなら周囲の人間にまで迷惑が掛かる恐れがある。
「悪い二人とも少し人気のない場所までいいか?」
あの状態のマルクに不用心に声を掛けようものならその場で逆上して周囲など気にかけず襲い掛かる可能性大だ。だからまずは人気のない場所まで誘導する事にした。ハルとソルとしても一般人に被害を出すわけにはいかないので異存はない。
三人は決して後ろは振り返らず徐々に人気の離れたエリアを目指して歩き続ける。
よし…この場所ならマルクが暴走しても人の被害はないな。
人の賑わっているエリアから離れたムゲン達は足を止めると背後で今も付け回しているマルクへと声をかけてやった。
「いい加減に出てきたらどうだ? ずっと俺達を付け回している事はもうバレてるぞ」
「私達のデートの邪魔しないでほしいんだけどな。それともお前も実はガールフレンドでも欲しいのか?」
ムゲンに便乗してソルも少し挑発的に声掛けをしてやると物陰からのそっと姿を現すマルク。だがその姿はとても酷いものだった。
彼の頬は僅かにこけており、更に何やら髪もぼさぼさで衣服もよく見れば点々と汚れが見える。浮浪者とまでは言えないが若干の不潔さが見て取れる。
「汚いですね…」
相手が大嫌いな【真紅の剣】の人間と言うこともあり小声とは言え口に出して罵声を発するハル
その侮辱がマルクの耳には聞こえていたようで彼は手に持っている炎剣を地面に突き刺しながら怒鳴り散らす。
「ぜんぶ……全部テメェのせいだぞムゲン!!」
いきなり脈絡のないセリフにムゲンは当然だが片方の眉を上げて怪訝そうな表情になる。
その何を言われているか分からない、そんな表情がますます癪に障ったのかマルクは燃える剣先をムゲンへと突きつけてがなり立てる。
「お前が【真紅の剣】を抜けてから何もかもが上手くいきやしねぇ! 依頼は立て続けに失敗しSランクに昇格どころか遂にランクが一気にCまで降格されちまった!! その上でホルンもメグもパーティーから抜けちまって今や俺一人だ! 仲間を募集しても誰も見向きもしやがらねぇ!!」
マルクの口から告げられた事実はムゲンにとってもかなり驚くものであった。ホルンがパーティーを抜けた事は既に知っていたがまさかメグまで抜けていたとは……。それにランクも一気にCまで降格、そして今やパーティーは彼だけとなっている。これでは昔の様に周りの冒険者から憧憬を向けられるパーティーに復帰するのはかなり困難だろう。しかも今のマルクはギルドに行けば一度は悪口を聞くほどに悪印象を持たれている。
「くそっ…ホルンの野郎はお前の言葉で目が覚めたとかほざき、メグの野郎は俺達パーティーの残り少ない有り金を全て持ち逃げして行方をくらまして……どうしてこうなったんだよ?」
おいおいメグのやつ金を持ち逃げして消えたのか?
どうやら彼女の場合はホルンとは違い一から出直そうとしたのではないらしい。自身のパーティーの金を持ち逃げした事を考えるともうこの町から出て行っている可能性もある。
聞けば聞くほどに落ちぶれている【真紅の剣】の現状にムゲンは何とも言えない表情を浮かべる。
自分の目先ではかつては輝いており、傲慢を貫いていたはずの彼が今はみすぼらしく映る。その憐れみを向けるムゲンの瞳が気に入らずマルクは炎剣を突きつけながらこんな要求をしてきた。
「おいムゲン! 今すぐに俺のパーティーに戻ってこい! 俺がこうなった元凶はお前なんだよ! だったらお前がパーティーに戻ってきて【真紅の剣】を立て直せ!!」
「マルク…いい加減に目を覚ませ。もう【真紅の剣】は完全に終わっている。お前が今の立場から脱却したいならホルンみたく一からやり直してみろ。そうでなきゃお前は一生泥沼に足を取られ続けるぞ」
「偉そうに説教するなこの無能があぁぁぁぁぁ!!」
まるで聞き分けの悪い子供を諭すかのようなムゲンの言葉にマルクは剣を振り回しながら突っ込んできた。
向かってくるマルクにソルが迎撃しようと構えるがムゲンが制すと前に出る。
「俺を不幸に落としやがって! ここでしねぇぇぇぇぇ!!」
もはや正常な判断が叶わないマルクは本気でムゲンを殺そうと考えていた。もう後先の事など考える余裕すらない。仕事はこなせず金もなくすべてを失った彼はせめて最も憎い男だけは道連れにする事しか頭の中にはなかった。
憎い男の脳天目掛けて剣を振り下ろすマルク、しかしムゲンはギリギリまで刃を引き付けると紙一重で振り下ろしを避ける。そして流れるように強化した拳を地面へと空振りした彼の剣の根元に叩きつけてへし折ってやる。
「な…俺の剣が………うがぁ!!」
自分の武器までへし折られ彼の表情はさらに絶望に染まる。そしてせめて一泡吹かせようとマルクはムゲンの首へ目掛けて噛みつこうとする。その姿は冒険者以前にもはや人でなく狂犬であった。
「いい加減に目を覚ませ!」
犬畜生にまで落ち始めているかつての仲間の目を覚まさせようと彼の頬に拳をねじ込んで吹き飛ばす。もちろん全力で打ち込めば意識を刈り取ってしまうのでかなり手加減した状態だ。
「いつまで甘ったれれば気が済むんだマルク! 俺に拘って【真紅の剣】に拘ってAランクに拘って、その行きついた果てが今のお前だ! そんな結末を受け入れたくなくて今度は俺に八つ当たりか? ふざけんな、お前が今すべきことは逆恨みなんかじゃないだろう!!」
殴り飛ばされたマルクは地面で仰向けになったまま口を開く。
「ちくしょう…どうして俺がこんな目に遭ってるんだ? くそ…俺は誰もが憧れる冒険者だったはずなのに……」
必死のムゲンの訴えるかのような言葉すらも今のマルクには届いていなかった。
今の彼の言葉を聞いてムゲンはやるせない顔をしてハルとソルを引き連れその場を離れる。
「馬鹿だよお前は…」
これがムゲンがマルクに対して伝えた最後の言葉であった。それと同時、これが生前の彼を見た最後の日でもあったのだった。
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