過去編 ツガイの実力
ムゲン達の辿り着いた50階、その階はこれまでとは様相が大きく変わっていた。多くの民家が立ち並び更には案内人と名乗る妖狐の亜人がムゲン達の前に突如として現れる。
ツガイと名乗る彼女は戸惑うムゲン達をよそに淡々と言葉を並べて行く。
「この『修練の塔』の折り返し地点である50階以降からは挑戦者の皆さまに〝新規のルール〟が課せられる事となります」
「新規…ルール……?」
「はい、そのルールとは……」
ツガイが新たなルールとやらを説明しようとする直前だった、突如背後から怒声と共に1人の男性が駆け寄って来たのだ。
「やっと姿を見せたな案内人! いい加減に俺をこの塔から出してくれ!!」
こちらに駆け寄って来た男性は凄い形相をしていた。
目は血走り濃いクマがくっきりでき更に頬もコケている。まるで精神的に追い詰められているかのような必死なその顔を見てムゲン達が驚きに言葉を失っている中でツガイだけは落ち着いて対応する。
「あなたは確か冒険者パーティー【雷帝の進行】の1人でしたね。私に何か用でしょうか?」
冷静に受け答えするツガイの言葉の中で1つムゲンは気付いた事があった。
「(あれ…そう言えば彼女は俺達を【黒の救世主】と言っていたよな。どうして俺達のパーティー名が【黒の救世主】だと知っているんだ……?)」
頭の中でそんな疑問が浮かんだが耳に割り込んで来た男の怒声で思わず頭の中の思考が中断されてしまう。
「何か用だと!? 要件なんて1つしかねえだろうがッ! いい加減に俺をこの塔から解放してくれよ!! 俺のパーティーの仲間達も全員死んじまったんだぞ!!」
ツガイに対しての男の訴えを一緒に耳にしていたムゲン達はその内容に内心で首を捻る。仲間達も全員死んでしまったと言う部分はまだ理解できる。大方この塔の中で戦死したと言う事だろう。だが自分をこの場所から解放してほしいと言う訴えはよく分からない。この塔の中で死ねば自動的にこの塔の外に排出されるはずだ。あまり気乗りしない方法かもしれないが最悪自ら命を断てば……。
だが次の男の口から飛び出て来たセリフはこの場の4人の度肝を抜くものだった。
「何が50階以降からは『一度死ねばもう生き返れない』だ!! お陰で最悪は自害してでも外に出るって手段も使えないじゃねぇか!!」
………ちょっと待て? この男は今なんて言った? 聞き違いか……今50階以降からは生き返れないって言ったのか?
自分の聞き間違えかと一瞬思ったが他の3人も同じようなリアクションが表情に浮かび上がっており、自分の聴覚が正常だと言う事を理解させられた。
そんな内心で動揺する4人を差し置いて目の前の二人はなおも言い争いを続けている。
「もう限界だ! こんな場所で飼い殺しにして何が面白いんだよ!?」
「最初にこの折り返し地点に到着した際にあなたには説明したはずですよ。この塔の中間地点以降からはやり直しは通用しないと。この塔から出る為には最上階まで頑張ってクリアするしかありません」
「ぐっ、ふざけんなぁ!!」
まるで事前に用意されているセリフを事務的に語るかのような無感情な物言いに男の怒りが限界に到達したのだろう。腰に差していた2本の短剣を引き抜くとその切っ先をツガイへと向ける。
「俺をこのイカれた塔から出せ! でなきゃ俺も実力行使も止む無しだぞ!!」
そう言うと男は両手に短剣を持ち目の前の妖狐目掛けて凄まじい圧力を掛ける。その覇気は背後で様子を伺っていたムゲン達にも伝わるほどだ。
「(この圧……こいつかなり強いぞ……)」
同じく刀剣を扱う者としてソルは男の力量を瞬時に見極める。随分と血色の悪そうな顔色ではあるがこの塔の中間地点まで上り詰めた男なのだ。よくよく考えれば弱い訳が無いだろう。
少なくともAランク冒険者は上回るであろう圧を醸し出す男に対してツガイは表情を変えず淡々とこう述べる。
「警告です。この『修練の塔』の新規ルールには『私に手を出してはいけない』とご説明したはずですよね? ここで私に襲い掛かるのであれば正当防衛が発動します」
「ふっざけんなぁ! この鬼畜がぁ!!」
まるで感情の籠っていない発言にとうとう堪忍袋の緒が切れた男は肉体を魔力で強化すると一気にツガイ目掛けて突進をする。その速度はムゲン達クラスの実力者でなければ捉えられない程に速い。
だが迫りくる男に対してツガイは小さくこう呟いた。
「そんなに苦しいなら解放してあげますよ。さようなら」
それは本当に一瞬の出来事だった。
事の成り行きを見ていたムゲン達は断じて目を離さず眼前の光景に注視していた。瞬きだってしていなかった。
だが気が付けば男の体は何かに切り裂かれ鮮血を撒き散らしその場に転がっていたのだ。
「え……何が……?」
あまりにも一瞬の出来事にハルが呆然とそう呟く。他の3人も全く同じ心境だった。気が付けば襲い掛かった方の男が殺され終わっていたのだ。
言葉を失うムゲン達を気にせずツガイは自分の尻尾の1本をどこから出したのかハンカチで拭っていた。
「やれやれ尻尾が汚れました」
そう少し忌々しそうに吐き捨てながら自分の尾を拭くツガイ。そのハンカチにはよく見ればふき取られた返り血が染み込んでいる。
もしかしてあの尻尾で迎撃したのか? だが……速過ぎてまるで見えなかったぞ……。
自分達の前で行われた凄惨な現場に言葉が出ないムゲン達などお構いなしにツガイは尻尾を拭き終えると改めて彼等に向かい合う。
「それでは改めて【黒の救世主】の皆さまにこれより先の〝新規ルール〟をご説明させてもらいます」
今しがた1人の人間を殺したと言うのに女性は平然としたまま説明に入った。
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