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お前が欲しい


 今まで他者に対して〝無関心〟である事が基本であったファルにとって目の前の女は初めて興味を惹かれた存在であった。

 自分と比べると余りにも脆弱で大した力も持たない弱小なる者であるにも関わらず圧倒的な力を持つ竜の子である自分に真っ向から物言いをする。しかも自分でなく他人の為に命を懸けてまで必死になり説得を行う。ここで自分の身の安全を嘆願するのであればそれは『ただの弱い生き物』に過ぎない。だがこのアマダは何かが違った。確かに力の無い脆弱な生き物と言う点は同じだろう。だが自分を真っ向から見つめるその瞳はとても弱い生物の眼力とは思えなかった。


 その瞳は自分とは違う〝強さ〟をファルは感じ取っていた。


 これまでのファルの人生観から考えればこの女の行動は意味不明だが、だからこそファルはこの女を知りたいと思った。自分とはまるで正反対の価値観を持つ彼女の考えは新鮮過ぎたのだ……。


 「お前、面白い、とても……」


 そう言いながらファルは一瞬でアマダの前まで移動を終えるとその瞳を覗き込む。

 まるで時間が飛んだかのように一瞬で眼前に血濡れの青年が現れ彼女の口からは悲鳴が漏れ出る。だがそれでも怯えの色を含んだその瞳は決して自分から逸らすことなく見つめたままだった。


 唇を震わせながらもアマダはファルから目を逸らさず三度目の懇願をする。自分ではなく子供達やエル達の為に……。


 「お願いです。最悪私はどうなっても構いません。ですのでどうか他の方たちは……」


 竜に育てられ人間としての常識が欠落したファルでなくともアマダはどこか異常とも言えた。眼前に血に濡れた怖ろしい怪物が居ると言うのに彼女はこの期に及んでも自分でなく他を生かそうとしているのだ。

 これには思わず事の成り行きを見守っていたサオールとキリシャの二人も息をのむ。


 だが結果として言うのであれば彼女のこの自己犠牲精神がこの場に居る〝全員〟の命を救う事となる。


 「分かった、特別、そこの闇ギルドの奴等、見逃してやる」


 その言葉を聞いてアマダは祈りが通じたのだと喜びを表情に浮かばせる。だがその直後にその顔は笑顔を固定したまま固まってしまった。


 「その代わり、お前、俺の物になれ」


 「え……?」


 それはあまりにも想定外の要求だった。

 彼女の中では自分の要求を受け入れてもらう代償に自らの命を捧げる覚悟はあった。だがあろうことか『俺の物になれ』などとドっ直球なプロポーズを受けるなど露にも思っていなかった。

 周りで話を聞いている他の者達も呆気に取られ思わずポカンとした間の抜けた顔を浮かべていた。


 「あ、あのすいません。あなたの言っている意味がよく……」


 もしかしたらこの要求の意味は『俺の奴隷となれ』と言う意味合いを兼ねているのかと思い詳しく言葉の真意を問うアマダ。

 自分でこんな事を考えるのもおかしな話だがそれならばまだ今の緊迫していた場面にも似つかわしい要求だと思える。


 だが残念ながらアマダの勘違いなどではない。彼の口から告げられた条件はそのままの意味だったのだ。


 「言葉通りの意味、お前が欲しくなった」


 「あわわわわわ……」


 完全に想定外の事態にアマダの顔は真っ赤に染まり目も回り出す。 

 だがこの後のファルの言葉でアマダの思考は幾分か落ち着きを取り戻す事になる。


 「自分より、他者を優先、そんな〝人間〟の生態、興味深い」


 「ッ!?」


 「知りたい、お前の価値観、だから欲しくなった」


 彼の口から出て来た言葉にアマダは、いや成り行きを見守っていたキリシャやサオールも理解した。


 この男はアマダと言う人間に〝愛情〟を持ったから欲しがっているのではない。誰かを想う慈愛の気持ち、それの〝正体〟知りたいから自分の傍に置く。逆に言えば自分の胸の突っかかりが綺麗に取れればこの男は彼女をあっさりと手放す……つまり殺してしまうと言う事だ。

 

 この場に居る皆を生かす為にはこの完全な生贄扱いを受け入れなければならない。普通の人間ならばそんな貧乏くじを誰が引きたいと言うだろうか? 

 だが元より自分の命と引き換えにでも自分以外を生かそうとしていた彼女はこの選択を迷わなかった。


 「分かりました。望み通りあなたのものとなります。だから…他の皆は助けてください」


 「そ、そんなの駄目だよお姉ちゃん!」

 

 「殺されちゃうよ!」


 要求を呑んでしまったアマダに対して子供達が何を馬鹿な事を言うのかと騒ぎ出す。

 だがそんな喧噪などもはやファルの耳には届いていなかった。彼の興味はもはや目の前のアマダと言う人間だけに向いていた。逆に言えば必ず殺そうと思っていた【ダークネス】の一員達にももう関心がなくなり今なら逃げるチャンスとも取れる。


 「……子供達を連れて逃げるっスよ」


 「サオール……でも……」


 「今のあのバケモノの頭の中は完全にあの女性に集中しているっス。今このチャンスを逃すとなれば俺達だけでなくあの子供達もどうなるか分かったもんじゃないっスよ。それに……エルとユーリの二人の手当ても早くしないと……」


 先程まで辛うじて意識を保っていたエルも今は完全に地に伏せ意識を失っている。一刻も早い治療が求められる状態だ。

 

 「(しかしどうやってこの子達を連れて行けばいいのか……)」


 自分達と違い子供達の方はあの女性を置いて逃げる事は間違いなく拒否するだろう。少々手荒ではあるが無理やり意識を刈り取ってでもここから連れ出そうと考えていた時だった。

 

 「このギルドも壊滅、依頼も完了、もう用なし」


 そう言うとファルは目の前のアマダを担ぎ上げると手に持っているドラゴンキラーの剣を天井目掛けて勢いよく振るった。その剣に纏われていた魔力の斬撃は天井を容易に破壊して巨大な出口を作り出す。


 「いくぞ」


 「え、きゃああああああッ!?」


 最後の別れを言う間も与えられずファルに担がれたアマダはそのまま強烈な浮遊感と共にアジトの天井から抜け出した。


 残された【ダークネス】と子供達は呆気に取られ、しばしの間その場で棒立ちする事しか出来ないのだった。



もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。

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