薄気味悪い……だが美しい……
あまりにも一瞬の決着にエル達は呆然とする事しか出来なかった。
つい3分前までは絶体絶命の危機的状況だった。だが目の前の蒼髪の青年の見せた真の実力を前にその劣勢は一瞬で覆ってしまった。
「……ハレード」
目の前で既に事切れているかつての仲間の姿にキリシャは僅かに悲しそうな素振りを見せていた。相手は自分を殺そうとしていたにも関わらず彼女の頭の中では第5支部で共に過ごした日々がフラッシュバックする。
しかし感傷に浸る暇などどこにも無かった。
「次、お前達、終わらせる」
まるで感情を悟らせない言葉と共に青年は血濡れの顔をエル達に向けて来た。
「(くそっ、やはりこうなるっスか!?)」
この中で相手の心の声を読めるサオールにとってこの展開は予想外ではなかった。
目の前の青年はこの場に居る全ての闇ギルドの人間に対して常時〝殺意〟を抱いていた。何しろ隅で震えている子供達ですら邪魔をするなら抹殺対象にする事を躊躇ってすらいないのだから。
だけど一体どうすればいい? どうすればこの状況を打破できる?
現在まともに戦えるメンバーは4人の中でサオールとキリシャの二人だけであった。残り二人のユーリは意識不明、エルも既に戦闘など行えるコンディションではなく血を流し過ぎたのか目が虚ろになっている。
サオールとキリシャは決して弱くはない。何しろ二人は希少な〝スキル所持者〟でありあの最大組織【ディアブロ】では幹部クラスを務めていた程の実力者だ。だが今回ばかりはあまりにも相手が悪すぎると言えるだろう。
こちらへとゆっくり歩を進めるファルに対して二人が身構える。
だがそこにまたしても1人の非力な女性が声を振り絞って割って入って来たのだ。
「お願いします! もう、もうここまでにしてください!!」
膝が震え恐怖で冷や汗を流しながらもそう叫んだのはアマダだった。
一度ならず二度までも竜に向かって懇願するその行いはどう考えても無謀としか思えない。今度こそ怒りを買って殺されてもおかしくはない行為のはず、だと言うのに彼女は震えながらもファルに訴え続ける。
「この方たちは確かに闇ギルドの人間なのかもしれません! でもこの方たちのお陰でこの子達は救われたんです! だから……だからどうかこの子達の前でこの方たちを殺さないでください」
「………」
彼女の口から出てくる言葉はどれも自分でなく子供達やエル達【ダークネス】の彼女達を庇うものだった。その自己を一切考慮せず他者の為に頭を下げる姿勢を貫く彼女に思わずその場にいる皆が黙り込んでしまう。子供達ですら彼女を止めず静観する事しか出来ないでいた。
そしてこの空間でもっとも心を乱されていたのは懇願をされていたファルだった。
理解…不能……コイツ……どうして…〝他人〟の為に……頭を下げられる?
アマダの取る行動はファルにとって到底理解、いや受け入れられるものではなかった。何故なら彼は自分の生みの親からこう教えられ続けて来たからだ。
――『いいかファル、お前が守るべきものは2つだけだ。それは〝居場所〟と〝強さ〟だ。それ以外のものなど不純物であり関心を持つ必要はない』
死んだ父は自分の血と誇りを決して絶やさぬようにと息を引き取る最後の瞬間まで言い続けて来た。最後の瞬間まで自分に対して愛情を与えず育て続けた。その結果ファルの中で人間は他の人間を助けず自分の事だけを優先して考える生き物だと刷り込まれてしまっていた。
だからまるで理解できないのだ。このアマダと言う女の自分よりも他人の安否を優先するこの行動は……。
思い返せばハレードから奇襲を仕掛けられた時もそうだった。自分は容赦なく彼女の命脈を断とうとしていたと言うのに背後からの奇襲に気付いたこの女は自分を助けてくれた。
「お前、どうして、そこまで〝他人〟の為に必死になる?」
気が付けばファルの全身から放たれていた圧力は消えており、まるで無垢な子供のような瞳で彼はアマダに対してこんな質問をぶつけていた。
そんな彼の問いかけに対してアマダは全く間を置くこともなく当たり前の様に答えた。
「深い理由なんてありません。私はただ、この子達を救ってくれた恩人に傷付いてほしくないだけです」
「そこが、理解不能。何で、他人の心配をする?」
「人が人を助ける事に理由なんていらない、私はそう思います……」
その答えはファルにとって青天の霹靂だった。
この世に生まれ落ちた瞬間から自分以外は無価値だと教え込まれてきた。だからこそファルは最強種である親からの教えを忠実に守り続けて来た。
だがこの女はそんな自分とは対極とも言える〝他者を想う〟気持ちを持ち、それが普通だと認識している。
「イカれている……」
その感想はファルの認識から言えば一番当てはまる言葉なのかもしれない。
だが彼の持つ常識は所詮は〝人間〟でなく〝竜〟から教わった常識に過ぎない。
人間は何の見返りもなく自分以外の人間を救わない、手を差し伸べない、そんな彼の認識にはこの瞬間に亀裂が入りつつあった。
「本当に……イカれている……」
ファルにとって目の前の女はこれまでの自分の生き方から考えれば共感などできない。それどころか自分よりも誰かの為に必死になる彼女は薄気味悪さすら感じる。だがそれ以上に自分より他人を想って必死になる彼女の姿が何故だかファルの目には――とても儚く美しく見えて仕方が無かった。
これまで自分だけを見つめ続けて来た人生の中で初めて彼は〝他人〟に興味を示したのだった。
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