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蒼き竜、真の実力は……


 こんなにも攻撃を浴びたのはもう何年振りになるだろうか?


 陥没した床に半ばめり込んだ状態でファルはまるで他人事の様にそんな事を考えていた。

 今もなお豪雨の様に降り注がれる異形の拳で連打されながら思い出すのはギルドに加入したばかりの懐かしき過去の自分だった。まだギルドに加入したばかりの頃は実戦経験の少なさから傷だらけとなる事もしばしあった。だがそんな時代はファルにとっては本当に短期間だった。最強種の竜に育てられた彼は戦闘の基礎は既にできており、そして高難易度の依頼の連続ですぐに戦闘勘も冴えるようになった。


 ああ……本当に久しぶりだ。自分の血の味を堪能するのは……。


 ギルド内で最高位であるSランクとなった彼はもう長い間戦いの渦中で自分の身の危険を感じた事は無くなりつつあった。どんな凶暴なモンスターだろうが、単独で大勢の敵を相手取ろうが掠り傷すらもう負わず依頼を完遂し続けていた。


 だが今自分を殴打し続けるこの気色の悪い怪物は久しぶりにファルの中で〝強敵〟と認識できる相手だった。


 どうやら……久しぶりに解放させる必要があるみたいだ。自分の腹の奥底に眠っている〝竜の本性〟を……。


 「ぎアあアアアあギギギッ!!」


 奇声を発しながら何度も自分の足元で倒れているファルに向かって拳を振り下ろし続ける哀れなキメラだが突如両腕に違和感を感じる。


 「あウウう?」


 両腕は振り下ろし続けているにも関わらず拳の先にファルや床を殴る感触がしないのだ。もっと言えば急に手応えが無くなったのだ。

 ふと複数の顔面の中の1つが自分の両腕の先に目を向けると――前腕が消えていたのだ。

 少し離れた場所にはキメラの前腕部分の腕が2つ転がっていた。


 「ああ、久しぶりだ。この、鉄の味……」


 その声を耳にしたキメラは反射的にその場から飛び退いていた。

 本来であればもう自我を奪われているこの生き物には恐怖と言う概念は消失しているはずだろう。だがそんな忘れた感情が本能で引き戻してしまう程にこの青年は……怖ろし過ぎたのだ……。


 巨大なクレーターから抜け出て来たファルは至る所が傷だらけだった。鋼鉄をも上回る拳の連撃により衣服はボロボロとなり、そして体の至る所には痣が刻まれ内出血、頭部からは未だに赤い液体が零れ女性も見ほれるほどの鮮やかな蒼い髪を赤く染めている。

 どう考えても死にぞこないにしか見えないその人間、だがキメラは本能で敏感に察知していた。


 この青年は今までとは完全に別の生き物だと言う真実に……。


 「さあ、蹂躙、開始」


 自分の口元まで垂れ落ちて来た血を舐めとると同時、ファルの姿が一瞬で〝消えた〟のだ。

 このキメラには複数の顔が張り付いており、その顔の全ての〝眼〟がファルを見失ってしまったのだ。だが彼は姿を透明化する魔法を使った訳でもない。ただシンプルに『とてつもなく速く』動いただけなのだ。


 気が付いた時にはもう遅く、勝負は終わってしまっていた。


 巨大なキメラの肉体は一瞬で細切れにされてしまっていたのだ。


 「さて、次……」


 そう言いながら血で赤く染まった顔をグルンとハレード達の方へと向けた。


 「そ、そんな……あのキメラにはSランク指定の魔物すら凌駕する力があるはずなのに……」


 遠巻きからその光景を見ていたハレードは圧倒的なファルの力に顔面から大量の発汗をしつつ唇を震わせる。もはやエル達の方にかまける余裕などなく自身の持てる全ての駒をファルにぶつける。

 

 「くっ、この化け物がぁッ!!」


 唾を飛ばしながら手に持っていた召喚用の魔道具を発動させようとする。

 だがファルが凄まじい踏み込みで一気に距離を潰してしまう。なんと彼女がキメラを召喚する一歩手前には既にファルは彼女の懐まで侵略していたのだ。


 「させない、その腕、飛ばす」


 この時のファルのセリフがハレードには不思議なことに正確に聞き取る事が出来た。それだけではなく何故か自分の腕を切り飛ばそうとする凶刃もゆっくりに見え、自分の体の動きも鈍く、もっと言えば周りの全ての風景までもがスローモーションに見えた。


 ああ……これってもしかして走馬灯と言うものなのかしら?


 体の動きは鈍いが思考だけは通常の速度で処理できる。

 恐らく自分が考える事を止めた直後に自分は迫り来ているこの一撃で命を落とすのだろう。


 ああ……こんな薄汚い闇ギルドの拠点で死ぬんですか……これが私の終着点……。


 そんな考えと共にハレードが最後に見たのはエル達だった。かつて同じ【ディアブロ】に所属していた彼女達は手を取り合い新たな一歩を踏み出した。その中にもしも自分も混ざっていたのならば……。

 もしもの話など、ましてやこんな死の直前にこんな考えをしたところで届く可能性などない。【ディアブロ】が消えても結局自分は裏の世界で生き続ける道を選んだのだから。それならば最後くらいは潔く散ろう。


 自分と言う存在に幕を下ろす事に決心した彼女はゆっくりと瞼を閉じた。


 その直後に時間は正常に流れるようになりハレードの腕が宣言通り宙を舞う。そしてほぼ同時、体目掛けて終わりの斬撃が振り下ろされた。


 「ああ……もし生まれ変われたのなら……今度は…日の当たる世界の子供として生まれ……たい……なぁ……」


 そう言いながら赤い花弁を胸に咲かせながらハレードはその瞳を永遠に閉ざすのだった。



 

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