更なる乱入者
怖ろしいまでの殺意を纏わせた蒼き竜の前に滑り込んで来たのは見るからに無力そうな子供達と一緒に居た紫髪の女性だった。
「どうかお願いします! この人達をお見逃しください!!」
一触即発状態のファルとエル達の間に滑り込んで来た女性は流れるようにその場で正座をすると勢いよく頭を下げ土下座と共にこんな懇願をしてきた。
この行動はエル達にとっても予想外だったようで動揺が走る。特に子供達は悲痛な声を上げて女性へと叫びを飛ばす。
「危ないよアマダお姉ちゃん!!」
「先生もこっちに来て!!」
子供達が口々に女性の名前を呼ぶがその中に『先生』と言う単語が混じっておりファルが眉を顰める。だがすぐに能面状態になるとブツ切りの言葉で話し掛ける。
「何、お前、邪魔、消えろ」
この女性が何者なのかなどファルにとっては心底どうでも良い事だ。
どうして子供達の中に成人女性が居たのか、どうしてこのアマダとか言う女が先生と呼ばれているか、全てがファルにとっては知る必要も無い情報。
本来であればファルはエル達のような闇ギルドだけを狙うつもりだった。だがエル達を庇って自分の前に立つのならもはや容赦はしない。剣を握る手に力を籠めてそのままこの目障りな女性の息の根を止めようとする。
「おい今すぐソイツから離れるっスよ!! ソイツはどれだけ無抵抗な相手でも容赦するタイプではないっス!!」
この中で相手の心の声を聞き取る能力を持つサオールがアマダと呼ばれる女性に逃げるように叫んだ。
「もういい、全員、皆殺し」
これまで自分のギルドの人間すら陰で殺めて来た男に躊躇いなど無かった。握りしめたドラゴンキラーの剣を頭上まで掲げるとそのままその凶刃を振り下ろして眼下の女の人生を終了させようとした。
だがその凶刃が振り下ろされる直前、背後から何者かが奇襲を仕掛けて来た。
「危ない!!」
背後から無数に飛んで迫って来る氷柱が最初に目に入ったアマダは全力でファルに飛びついたのだ。
「なっ!?」
完全に虚を突かれたファルは半ばタックルを受けるかのように押し倒されてしまう。だが彼女が抱き着いて彼を押し倒したお陰で背後から飛んできた氷の矢を回避する事に成功できた。
「あら残念、折角この場で一番厄介な相手の虚を突けたかと思ったのですが……」
その声を聴いて姿を見ずともエル達には奇襲を仕掛けて来た相手の正体を看破する事ができた。特にサオールとキリシャの二人は間違えるはずもなかった。何しろ〝彼女〟とはかつては同じ【ディアブロ】第5支部で共に働いていた間柄だったのだから。
「かつては【ディアブロ】で悪行を共に働いていた同志が今や偽善者集団とは」
ゆっくりとこちらに向かってくる人物の姿が徐々に露となる。その女性はとても美しい容姿をしており、そして特徴的な少し尖った耳からエルフだと分かる。
そう、現れたのは元【ディアブロ】第5支部で副支部長を務めていた実力者、エルフ族のハレード・パルメスだったのだ。
「お久しぶりですね元同僚の皆さま。まさかこんな場所で再会を果たすことになるとは」
「ど、どうしてあんたがこの場所に!?」
まさかの人物の登場にキリシャが戸惑いの色を顔中に浮かべる。
今より2年前、ムゲン・クロイヤによって【ディアブロ】第5支部が壊滅して以降の邂逅に驚きを隠せなかった。
正直彼女はあの戦いで戦死したものだとばかり思っていたのだ。
「生きていたのねハレード。一体今の今までどこで何をして……」
かつては同じ仲間として過ごした人物を前にキリシャの表情が僅かに綻ぶ。
だがそんな彼女を制止するかのようにサオールが彼女の行く手を阻むよう腕を横に伸ばす。
「どうやらこの2年で随分と醜く腐ったようっスね。今のアンタの心の声を長く聞き続けると耳が腐りそうっスよ」
サオールもまたハレードと同じ第5支部で過ごして来た仲間。だが彼はキリシャとは異なり仲間との久しい再会に対して喜びを微塵も見せない。
何故なら彼女の心の声を聴き全てを察したからだ。
「その後ろの子供達は私達が今日引き取る予定の子供達ですよね? 困りますね、もう事前に代金は支払っているんですよ。その子供達をこちらに引き渡してくださいますか?」
目の前の彼女は堕ちるところまで堕ちた存在だと言う真実に。
「その子供達は〝実験〟で扱う貴重なサンプルなんですから。今の私の雇い主にも必ず連れ帰る様に厳命されているので邪魔をしないでもらえますか?」
そう言いながら震えている子供達を見つめる彼女の眼は人間を見るものではない。まるで実験動物を見るかのような嫌な視線を子供達に突き刺している。
あのムゲン率いる【黒の救世主】に敗北を喫しって以降の彼女は【ディアブロ】から逃げ、今や人身売買や違法薬物の流通など下種な商売を平然と働く外道にまで堕ちていた。
あの第5支部でムゲンの圧倒的強さを前に惨敗した彼女は理解したのだ。闇ギルドの住人がもっとも賢く生きる術は正規ギルドをはじめとした猛者と戦う事などではなく、どれだけ〝安全〟かつ〝楽〟に生きるかと言う事に。
「まさかこの2年の間にこんな幼い子供達の人身売買に加担するほどに落ちぶれているとは思いもしなかったっスよ」
「そうでしょうか? 闇ギルドは国家の法に背く手段を生業とする者達を指します。命がけの戦闘で報酬を得たいのならばそれこそ正規ギルドの一員となってモンスターと戦っていればいいのですよ。そこの彼みたいにね」
そう言いながらハレードはファルを小馬鹿にするように見つめる。
その不快な視線に僅かな苛立ちを感じたファルは自分を押し倒し助けてくれたアマダを突き飛ばして立ち上がる。
「いつッ!?」
「お姉ちゃん!!」
乱雑に引き剥がされて床を転がるアマダに子供達が駆け寄りながら大丈夫か心配する。
そんな背後のやり取りなど意に返さずファルは愛剣の切っ先をハレードへと向けてこう告げる。
「予定変更、まずはお前、不意打ちの借りを返す。その五体、バラバラにする」
この場において自分にもっとも大きな敵意を抱くハレードに対してファルは殺害宣言をする。
それに対してハレードは何やら1枚の紙を取り出し、そしてその魔法陣の描かれている紙切れをファルの方へと投げ捨てた。
「生憎あなたのような怪物と真っ当に戦う気はありません。面倒ごとは〝この子〟に任せますよ」
その言葉が言い終わったと同時、彼女の投げた紙に描かれている魔法陣から強烈な光が放射された。
そして光が収まると同時に現れたのは〝複数の顔〟を体中に持つモンスター以上の異形だった。
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