《魔法使い》の特訓風景
正式にセシルとチームを組んでから2週間の時間が経過した。これまでソロで活動を続けていたあのセシルに仲間が出来たと言う事実によってラキルにはギルド所属の冒険者達の注目がしばし集まった。
そしてラキルの加入した【不退の歩み】以外にもう1組ここ2週間の間に注目を集めたパーティーがある。悪い意味でだが……。
それはラキルがかつて所属していたパーティー【淡紅の一閃】だ。今のギルドはあの連中に関する話題で持ちきりだ。
あの日ラキルの生存を知ってギルドから逃げ出した【淡紅の一閃】の3人はすぐにギルドマスターから呼び出しを受けていた。その主な理由は2つ、1つは言うまでもなく『常闇のダンジョン』で仲間を殺めようとした事実確認のためだ。その場に被害者であるラキルと彼を発見したセシルを含め話し合いの場が設けられた。
結論から先に言うのであれば【淡紅の一閃】にはこの件で処罰が下される事は無かった。その理由についてはやはり彼等がラキルを殺害しようとした決定的な証拠が存在しなかったからだ。互いの言い分を聞いていたギルドマスターからもミレイ達が限りなく黒であるとは理解していた。しかしこの3人が犯行を行った決定的な〝証拠〟が存在しないのだ。かと言って犯行現場の目撃者も居ない。それに『常闇のダンジョン』内には現に凶悪なモンスターも多く徘徊している。そのモンスターにやられたと言われてしまえばそれまでとなり後は水掛け論となってしまう。
そしてもう1つの呼び出し理由、それは【淡紅の一閃】が失態を犯したB難易度依頼である『盗賊団の壊滅』の依頼についてだ。
依頼を失敗するどころか護衛対象を放り捨てて逃げ出す大失態が共に任についていた《剣聖》からギルド側に報告があったのだ。B難易度の仕事すらも満足に果たせず逃げ出したミレイ達の失態を事細かく知らされてしまったのだ。
パーティー内部での仲間殺しの容疑、更には仕事放棄の逃亡行為、これらの噂は瞬く間に周囲へと拡散していった。そうなれば必然的に【淡紅の一閃】に対する評価も下がるのは目に見えている事だろう。その上にここ最近の3人の仕事の功績は最悪と言っても過言ではない。
今まではラキルの持つスキルの〝恩恵〟によって楽に成り上がって来た3人はそれが自分の実力だと信じて疑わなかった。その自惚れた慢心のせいで碌に修行の1つもしてこなかった。となれば与えられ続けて来た〝恩恵〟が無くなれば残るのは実力の伴っていない無駄に大きなプライドだけだ。A難易度は無論の事その下のBやC難易度の依頼も立て続けに失敗している。今の3人はD難易度の低ランクの依頼をなんとかこなして生計を立てているらしい。
だがランクに実力が伴っていないのは裏切られたラキルも同様であった。スキルの力を発動しなければ彼もまたAランクに相応しい実力は残念ながら持ち合わせていない。そんな彼が実力に見合ったSランクとチームを組んで上手くやっていける訳もなく……。
「さあどうしたの! 逃げてばかりじゃ成長なんて出来ないわよ!!」
「うわぁッ!?」
街から少し離れた人気の無い岩場でラキルは向かってくる炎の弾丸を必死に避け続けていた。
怒声と共に彼に攻撃を撃ち続けているのは同じパーティーメンバーであるセシルだ。断っておくが決して仲たがいから決闘を行っているのではない。
「ほら避けるだけじゃなく攻め続けなさい!! そんな逃げ腰でこの先の戦いでやっていけると本気で思っているのかしら!!」
「ぐっ、うおおおおおッ!!」
スキルに頼らずとも一人前として戦える《剣士》となるべくセシルが特訓を付けている最中なのだ。
まるで雨の様に迫りくる<ファイアーボール>を掻い潜りセシルの元まで距離を詰めると握りしめている木剣を横なぎに振るうラキル。
だが《剣士》の職に就いている彼の一撃をセシルは紙一重で回避して見せる。
「そんな鈍速で私に傷を付けれるとでも? それよりも勢い任せの攻撃のせいで体勢悪いわよ」
「しまっ……!?」
大振りの一撃を避けられ焦るラキル。すぐに防御の体勢に移らなければならないと思考が働くが彼に出来たのは考えるまでだった。
次の瞬間に腹部にセシルの魔杖による凄まじい打突がみぞおちに入り彼の意識は一瞬で真っ暗闇に染まった。
◇◇◇
「………うん?」
「ようやく目が覚めた様ね」
闇に沈んでいた意識がようやく浮上し目を開け最初に視界に入ったのは呆れ顔で自分を見つめるセシルの顔だった。
「あれ僕は確か……あ、思い出した」
意識が途切れる直前に自分のみぞおちに魔杖が突きこまれた瞬間を思い出す。
「予想以上に長い時間気絶していたわよあなた。まったく…仮にも《剣士》の職に就いている人間が《魔法使い》に物理で気絶させられるなんて情けないわね」
「……返す言葉もございません」
セシルの発言に対してラキルは黙り込む事しか出来なかった。本来なら遠距離を得意とする職種の相手に一方的にやられたのだ。ぐうの音も出ないとはこのことを言うのだろう。
起き上がろうとすると未だにダメージが抜けきっていないのか頭が僅かにふらつく。
「ああ無理に起き上がらないで良いわよ。もう少し安静になさい」
未だにラキルの肉体が回復していない事を瞬時に察知したセシルはゆっくりと彼をその場で横にする。その際に彼女もその場で正座をすると彼の頭を自分の折りたたんだ膝の上に乗せる。
「あ、あのこれって……」
「ええそうよ膝枕よ。まさかこんな程度の事で照れているの?」
「い、いえその……」
まさかのシチュエーションに思わず頬を染めるラキルとは対照的にセシルはすまし顔を保っている。恐らくは意識の戻った自分を地べたに置くのは忍びないと思ったのだろう。
「(前から思っていたけどやっぱりセシルさんって……)」
「ん、何をじっと見ているのよ? 私の顔に何か付いている?」
「いや…セシルさんは優しいなぁって……」
「あらもしかして打ち所でも悪かったかしら?」
いきなり自分を優しいなどと言うラキルの正気を疑うセシルだが心なしかその表情は少し照れている様に見える。
そんな彼女の微妙な表情の変化に気付かない彼は更に思ったことを口にする。
「至って正気ですよ。パーティーを組んだばかりの頃は厳しい人だと思っていましたけどこうしてさり気なく気遣ってくれるし、それに初めてパーティーを組んで向かった仕事でも僕が危険に晒された時に必死な顔で助けてくれ…あでっ!?」
自分の頭を預けていた太ももが急に引っ込んで頭部を地面にぶつけて悶えるラキル。そんな悶えている彼に対してセシルはそっぽを向きながら小さくこう呟いていた。
「そう言う恥ずかしいセリフを面と向かって言うものじゃないのね……ばーか……」
普段は冷静沈着な大人の余裕を持つ彼女だが、この時に浮かべていた表情はどこか幼さ残る少女のようだった。
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