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【真紅の剣】崩壊までのカウントダウン


 ムゲンから最後の激励を受けたホルンはギルドへと戻ってきていた。

 彼女がギルド内へと戻ると相変わらず隅の方ではマルクがやけ酒を煽っていた。だがメグの姿は見えない。


 「あん? お前宿に戻ったんじゃないのか?」


 自分の手に持っている酒の注がれたコップを空にするとようやくホルンの姿を認識したマルク。その顔は真っ赤ですっかりできあがっている。

 その落ちぶれている姿に周囲の冒険者はくすくすと笑っており悪い意味で注目が集まっている。だがそんな嘲笑を気にすることなく彼女はマルクの目の前の席に腰を下ろす。


 「メグはどうしたの?」


 「知らねぇよ。いつの間にか消えてやがった。たくっ…せめて一言残して消えろよな」


 メグの行先は分からないが彼女が居ない理由の方は何となくわかる。恐らくではあるが今の状態のマルクの相手をするのが面倒で逃げたのだろう。


 「……何だよじろじろ見て?」


 まっすぐに自分を見つめるホルンの視線が少し痛く不機嫌そうになんなのかと問う。すると彼女はまるで諭すかのような口調でこう呟いた。


 「ねえマルク、もう一度初心に戻ってやり直さない?」


 「はあ? 何を意味不明なことを言ってんだ?」


 「言葉通りの意味よ。今の私達は『Aランク』と言う肩書に拘り過ぎているわ。でも本当は私達はそこまでの器じゃない。ハッキリ言ってせいぜいCランク、下手をしたらDランクかもしれない。だからこのパーティーのランクをギルドに正式なものへ変更してもらいましょう。下手をしたら今言った通りCやDまで落ちるかもしれないけど」


 「お前…何を言ってるんだ。そんな馬鹿な事が出来るわけないだろ!?」


 すべてを聞き終えた後にマルクの口から出てきたのは受け入れがたいと言う言葉であった。

 声を荒立てられ拒否を示されたがホルンも彼のこの反応は予測の範囲内、いつもであればリーダーに反発された時点で自分は案山子の様に黙り込んでいた。


 でもそれではダメなのだ。ここで彼の言葉に『その通りね』などと相槌を打って話を終わらせてしまえばもう【真紅の剣】は再起は出来ない。

 

 「ねえマルクいつから私達ってこんな風になったのかしらね。最初は私達三人とも純粋に冒険者と言う稼業に憧れていたわよね。このギルドに入った当初はランなんてどうでもいい、ただ自由に生きたいって思っていたはずよね」


 思い返せば駆け出しの頃が一番楽しかったのかもしれない。

 確かにAランクまで上り詰めた時は悪い気分ではなかった。周囲からの羨望の眼差しが心地よく感じた事も何度もある。だがその分かつての新人時代にはなかったプレッシャーにも苛まれる事もあった。

 他の二人だって恐らくは感じていたはずだ。周囲の期待にこたえなければならないと言う重圧、勝手な使命感を背負っていた気がする。Aランクだからミスは出来ない、Aランクだから周りの納得のいく結果を残し続けなければならない。そんな気持ちが心の片隅に常にこべりついていた。そんなだからムゲンの存在を煩わしく思ってしまったのかもしれない。


 そして挙句は大事な……大事な仲間だったはずの人を放り捨ててしまう凶行にまで発展してしまった。


 もちろんこんな物は自分にとって都合の良い解釈、どんな理由だろうが境遇だろうが彼をパーティーから追い出したのは他ならぬ自分なのだ。つい今しがたなんて厚顔無恥にも理不尽にクビにしたムゲンへと泣きついて今いる【真紅の剣】の二人を見捨てようとしたのだ。本当に恥さらしもいいところ。


 「さっき宿に戻ると言っていたけど実は私ね、ムゲンと会っていたのよ」


 「ああん!? お前何を考えてんだよ!!」


 ここでまさかの人物の名前が出てきてマルクは頭の血が一瞬で頂点まで上る。そのまま感情に任せてホルンの胸ぐらをつかみ唾を飛ばし喚きだす。


 「おいおいあの飲んだくれ今度は仲間に当たってるぞ」


 「はん、本当に有能な仲間をあっさりとクビにしてしまうリーダーだ。もうアイツはダメだろ」


 ただでさえ悪評が向けられているマルクがこんな他の冒険者が大勢いる中でこのような行動に出れば余計に最悪の評価に判を押されるだろう。必然的に【真紅の剣】全体の印象も下へ下へと落ちていく事になるだろう。

 だがホルンはそれでいいと思っている。今の【真紅の剣】にはそれぐらいの荒療治を施さなければもう再起は叶わない。だからホルンはここで言葉を止めはしない。今の自分の思うことすべてを目の前のリーダーへと吐露してやる。


 「私がムゲンに会ったとき、彼は今の仲間と幸せそうに笑っていた。普通ならあんな理不尽な解雇宣告されれば冒険者稼業を引退する事だって考えられるのに。それでも彼は笑っていたのよ」


 「何が言いたいんだよお前は!!」


 「理不尽にクビを切られた彼は前をしっかり見て歩いているのよ。それに引き換え失敗が続いた程度でこんな風に飲んだくれているあなたは何を考えているの? 私達がAランクだったのはムゲンが居たお陰、その事実を認めて初心からやり直さない限りは私達は落ち続けるだけなのよ」


 ホルンの言葉に対してマルクが返したのは言葉ではなく暴力――平手打ちだった。


 「ざっけんなッ! この【真紅の剣】がAランクまで輝けたのは〝リーダーの俺〟が居たからだろうが! それがなんだ、ムゲンが居たお陰で俺達は上手くやってこれた? 依頼の失敗続きで頭の中に蛆でも沸いたか!?」


 「……どうあっても現実を認められないの?」


 叩かれた頬を押さえながらホルンはそれでも彼に目覚めてほしいと願う。それはあの優しかった頃のリーダーの姿をもう一度見たいから。そしてそんな彼が先頭に立つパーティーでもう一度やり直したいからだ。例えAランクじゃなくてもいい、またあの心の底から笑いあえた日々を取り戻したいからだ。


 「マルクお願いだから昔のあなたに戻ってちょうだい。そしてまた一からやり直しましょう」


 ムゲンの言葉でホルンは目が覚めた。だが残念ながら人間は必ずしも過去の自分を取り戻せるとは限らない。かつて持ち合わせていた純粋な心がすでに破綻している人間だって居るのだ。目覚める者と目覚めぬ者――マルクは後者であった。


 「うぜぇうぜぇうぜぇ!! もういいわお前! クビだクビ!! そんなにムゲンが好きならアイツの元にでも行っちまえ!! お前は今日限りでこの【真紅の剣】から追放だボケ!!」


 そう言いながらマルクはホルンへと酒をぶっかけて怒声を浴びせる。

 頭から酒を被った彼女は本当に残念そうな目を向ける。だが何かを諦めたかのように背を向けた。


 「分かったわマルク。それがあなたの選択なら…もう何も言わないわ」


 「おーおーそうしろそうしろ。小うるせーアマが居なくなってせいせいすらぁ」


 それがこれまで苦楽を共にしてきた二人の最後の会話であった。

 こうして【真紅の剣】はまたしても仲間を一人失ったことでより一層に窮地に立たされた。


 「ふん、何がムゲンのお陰だ。全部俺のお陰なんだよ。すぐにこのパーティーを立て直して証明してやる。無能のムゲンにも勘違いしているホルンにも……」


 マルクはそんな幻想を口にしているが【真紅の剣】の完全崩壊までもうカウントダウンが始まっていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公に酷いことしてきたけどホルンに同情してしまう なんとか報われてほしいなぁ
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