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エルの過去、そしてウィッシュの目的


 切り裂かれた部屋の中は地獄絵図と言っても過言ではない凄惨な現場だった。

 部屋の壁や天井には夥しい量の血液が飛び散っており至る所を赤く染めている。その部屋を真っ赤に彩った人物第4支部長であるウィッシュ・リードレイドは頬に付いた血を舐めとりながら怪しく微笑んでいた。


 「二人共遅かったわねぇ。ただ待つのも暇だったから少しコイツで遊びすぎちゃったわよ」


 そう言いながら彼女はまるで蟻でも踏みつけるかのように足元に転がっているオーガの背中に足を置く。


 「ギ…ギザマァ………」


 「あらまだ息があったの? 流石は人と竜のハーフ、頑丈なつくりをしてるのね」


 そう言うとウィッシュは剣を抜く。そして皮膚の上からでも分かるほどに血管が隆起して剣を握る手に力を籠めるとそのままオーガの体を串刺しにした。

 強靭なオーガの肉体は本来であれば刃物など刺さらないほどの頑強性を兼ねている。しかし彼女の振り下ろした剣はまるで豆腐に包丁を入れるかのように容易く刺し貫いてしまう。


 「お…俺は【ディアブロ】のギルドマスターだぞ。ごほっ、くそ……貴様みたいなガキに……」


 「はいはいもうアンタはお役御免なんだから黙って死になさい。もう私の欲しかった物も手に入ったんだしさぁ」


 そう言うと彼女は突き刺した剣に魔力を流し込む。その瞬間にオーガの体はビクンッと一際大きく跳ねたかと思うとそのまま二度と動かない屍と成り果ててしまった。


 裏世界ではその組織名を知らない者など居ないほどに巨大な闇ギルド【ディアブロ】のギルドマスターの呆気ない最期にユーリは言葉を失う。

 呆然としている彼とは違いエルは冷静さを崩さないようにウィッシュに問い掛ける。


 「これは一体どういう事だ? 何故マスターを手にかけた?」


 「この状況下でも随分と冷静じゃない。普通なら自分のギルドマスターが死ねばそこのユーリの様に呆然とすると思うけど? まるでマスターに対して忠誠心なんて微塵も持ち合わせていないかの様じゃない」


 「………」


 「まあ忠誠心なんてあなたは初めから持ち合わせていないわよねぇ? だってあなたがこのギルドに居る理由は『復讐の為の情報収集』なのだから……」


 ウィッシュの口から出て来たその言葉にエルの顔には一瞬だけだが動揺が浮かぶ。だが流石は第1支部長を任せられる程の器の持ち主。即座に動揺を押し込み冷静さを崩さぬように努める。


 「どうやら私の事も色々と調べが付いているみたいだな」


 「ええ、でも勘違いしないで欲しいんだけど私は組織に忠誠を持っていなかったあなたを責める気なんてさらさらないわよ? それを言うなら私だってこの【ディアブロ】に忠義なんて欠片も持っていなかった」


 「今更だな。ボスであるその男を殺している時点で説明する必要も無いだろう」


 エルの言葉に対してそれはそうだと言って小さく笑うとウィッシュは口を開き独りでに語り出す。


 「エル・サディド、あなたの過去は調べが付いている。幼い頃に弟と一緒に親に捨てられスラム街での生活を強いられた陰惨な過去を持つ……」


 「……貴様」


 張本人である自分の許可も取らずに人の過去をべらべらと勝手に語り出すウィッシュを睨みつけるエルであるが飛び出す一歩手前で冷静さを再び保つ。

 一瞬怒りで頭に血が上ったエルであるが斬りかかろうとした瞬間に目の前の女にまるで隙が無い事に気が付き踏みとどまる。


 自分の挑発に乗っかって来る様子が無い事を少しつまらなそうにしながらもウィッシュは話を続けた。


 「両親に捨てられたあなたにとって弟だけが心の拠り所だった。でも……そんな弟は無残に殺されてしまった。そう……幼子だけを狙う変態亜人によって」


 ウィッシュの言葉に思わず下唇を噛みながらエルの脳裏に忌まわしき記憶がフラッシュバックする。


 いつものようにゴミ箱を漁って食べれそうな物を見つけ弟の待つテントまで向かった。だが帰って来て自分の見た光景は地獄そのものであった。

 1人の猫耳を生やした亜人の女によって弟が亡き者にされていたのだ。


 『ありゃあ? もしかしてこの子のお姉ちゃんかなぁ?』


 『あ…あ…あああああああああああ!?』


 気が付けば近くに転がっていた鉄パイプを握りしめて弟を救い出そうとその亜人へと向かって行っていた。

 

 『ん~悪いけど私ってまだ善悪が上手く判別できない子じゃないと殺す気にならないんだよねぇ。とゆーわけでほりゃ!』


 やる気の無い声と共に振るわれた尻尾に側頭部を叩かれて大きくエルは吹き飛びそのまま意識を失った。

 薄れゆく意識の中で彼女が見たのはもうグッタリとしている弟の亡骸を恍惚な顔で見ている【猫族】の女の歪な笑顔だった。


 髪の色が左右に白色と黒色に別々に分かれる独特なヘアースタイルが特徴的だった。


 「弟を殺されて以降からあなたは復讐の為に力を付けそして【ディアブロ】へと加入した。そう、弟を殺した猫族の女を見つけ出す為に」


 そう、エルがこの【ディアブロ】に入った理由は怨敵である弟を殺害したあの憎き亜人を突き止める事だった。だが彼女の求めた情報は表側の世界でどれだけ探ってもまるで手に入りはしなかった。だからこそ裏世界に彼女は身を浸したのだ。

 闇の中だからこそ得られる情報もある。この深淵の底に鎮座する【ディアブロ】で力を見せ地位を確立させ支部長にまで彼女はのし上がり弟の仇を今でも探し続けている。


 一通りの独白を終えたウィッシュはエルへとこんな提案をしてきた。


 「大切な人を失った怒りは私も分かるわ。ねえエル、それにユーリ、私達がここで敵対する理由はないと思わない? エルは弟の敵討ちの為にこのギルドで情報を収集していた訳であってこのオーガに心から忠誠を誓っていた訳じゃないでしょう? それにユーリだって【ディアブロ】の為と言うよりも隣に居るエルの為にこのギルドに貢献して来たんでしょう?」


 確かにこの二人はこの組織に忠義など持ってはいなかった。それにエルに至ってはオーガの目を盗んで村などの襲撃を命じられた際には子供だけは幾分かの金を手渡し隠れて逃がしていた始末だ。


 「そうだな、まあ私はこんな組織が壊滅しようがさほどショックはない。貴重な情報収集源を失うのは少し痛いがその程度だ。だがお前はそもそも何の為にこのギルドに所属していた? 私の目的を調べておきながらそちらの狙いを一切口にはしない、そんな輩を信頼できるとでも?」


 目の前の相手は仮にも自分のギルドのマスターを殺した女だ。そう簡単に信頼など寄せれる訳もない。

 どうやらウィッシュの方もこの質問を問われるのは想定内だったようで自分の目的に付いて隠し立てする事なく明かした。


 「さっき私の言っていた事を憶えているかしら? 『大切な人を失った怒りは私も分かる』と私は言っていたわよね。……私がこのギルドに入ったのはこの巨大闇ギルドなら〝あの魔道具〟が流れ着くかもしれないかと思ったからよ。そう……私の〝愛する人〟を蘇らせる……いやこの言い方は少し間違いね。もっと正確に言うのならば私の〝愛する魔族〟を蘇らせるために……」


 そう語る彼女の瞳はこれまでのおちゃらけた雰囲気は消えとても物哀しいものへと変わっていたのだった。



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