【不退の歩み】は前に進む
大事な人の死を受け止めてムゲンが絶望の底から立ち直っていたその頃、同じく1人の少女も仲間の死を受け入れて前に進まなければと自らの言い聞かせていた。
その人物は【不退の歩み】の一員であるセシル・フェロット、元は【ディアブロ】の人間であったがカイン達によって光の世界を歩きだそうと決心した少女。だが今の彼女はいつ折れてしまってもおかしくないほどに追い込まれていた。
「(どうして……どうして私が生き残ってマホジョが死んでしまったのね?)」
本来であればセシルはあの支部の中で繰り広げられた戦いの中で死んでいただろう。だがマホジョの『古代魔法』によってその命は無事に黄泉の国に連れていかれる一歩手前で現世に呼び戻された。だがその代償にマホジョはこの世を去って行った。
自分の命を救い逝ってしまった仲間の最期を思い返すたびに嘔吐感に苛まれる。もし自分がもっと強ければ……いやそもそも自分が【不退の歩み】に加入しなければこんな結末にならずに済んだのではないだろうか?
「こんな事になるなら【不退の歩み】に入るべきじゃなかったのね……」
自らの罪の大きさに耐え切れずセシルの口からは後悔の念が漏れ出てしまう。本来であればこんなセリフは口にすべきではないのだろう。だがそれでも――
「私が関わりさえしなければ……!!」
「まだそんな事をぐちぐち言ってるのか?」
声に反応して振り返ってみればそこにはあの戦場を生き残った【不退の歩み】のカインとホルンが居た。
「そうやっていつまでもあいつが死んだことを引きずり続けるのか?」
そう言って仲間の事をカインなりに励まそうとする。だが今のセシルからすれば仲間を失っても特に変わりのない普段通りの彼の姿はどこか癪に障った。
「……私からしたらカインこそどうしてそんな普段通りに振る舞えるのね? 大事な仲間が死んで悲しくはないのね?」
思わず強気な口調でそう言い返してしまった。我ながら子供の鬱憤晴らしのようで情けないと理解しつつも噛み付いてしまった。
そんな不貞腐れた子供のような態度にホルンが思わず口を挟もうとするがカインがそんな彼女を制止する。そして相も変わらず冷静さを維持したままカインは質問を続ける。
「悲しいに決まってんだろ。でもいつまでも膝を抱え込んで座し続ける事が正解だと思うか?」
分かっている、カインの言っている事は間違いなく正解だ。ここでいじけて殻に閉じこもり続ける事など愚の骨頂としか言えない。間違いなくマホジョだって今の自分の現状を知れば向こうで悲しんでいるだろう。
「私だって本当は全部分かっているのね。でも……でもやっぱり辛くて辛くて仕方がないのね!! だってこうなったのは【ディアブロ】の人間であった私があなた達のチームに加入したからなのね!! 私と出会いさえしなければマホジョは今もきっと笑って生きていたはずなのね!!」
「なぁセシル、何度も言うがマホジョが死んだのは『だからそんな簡単に割り切れないのね!!』………」
「もう『私のせいでマホジョが死んだわけじゃない』ってセリフは飽き飽きなのね!!」
何度もカインから聞かされた慰めの言葉、今ではむしろ心を掻き毟られて仕方が無かった。
「全部全部私のせいに決まっているのね!! 何がセシルは悪くないなのね!? 私が【ディアブロ】の人間だからこうなった!! そう責められる方がまだ気が楽なのね!!」
「………」
「いい加減にしなさいよセシル!!」
黙り込んでしまうカインに代わってホルンが怒りを代弁するがそれすらもセシルはかき消してしまう程の後悔をぶつけて来る。
「もうっ、もうもうもう嫌なのね!! こんな思いをするぐらいならいっその事私が死んだ方が良かったの……ぷぐっ!?」
「なっ、カイン!?」
まだ喋っている途中だと言うのにセシルは大きく吹っ飛んでいた。その理由は単純明快、カインが飛び出したかと思えばセシルをグーパンでぶっ飛ばしたからだ。
「……女の顔をグーで殴るなんて最低なのね。デリカシー無しの野蛮人なのね」
「ああそうだな。でもこれぐらいしないと今のお前は分からないだろ? 何より俺も我慢できないんだよ。いつまでも『自分よりもマホジョ』が生き残るべきだったと考え続けるお前にはな。これじゃあマホジョは何のために死んだのか分からないだろ?」
「………」
「お前はこのまま腐り続けるつもりかセシル? マホジョがお前を生かしてくれたのなら精一杯この先も生きていく事が重要だとは思わないのか?」
「私は……私は……」
このまま何も考えないで生きていく事はきっと楽なのだろう。だがそれは自分を救ってくれたマホジョに対しての最大の裏切りに他ならない。
だが……それでも負い目が消えてくれない。自分のせいで大切な人が死んだ、いや殺した負い目が消えてくれない……。1人だけじゃ……抱えきれない……。
「ごめんなさいカイン八つ当たりみたいな真似をして。でももう私は…わぷっ!?」
やはり自分はもうこのチームに相応しくないと口にしようとした時だった。急にホルンが自分の顔面に何かを押し付けてきた。
顔面に押し当てられた物を確認してみるとそれはマホジョの帽子であった。
「その帽子はあなたが持っていなさい。その方がマホジョもきっと喜ぶわ」
「ホルン……」
「あなたがどうしても冒険者を辞めたいと言うなら私は止めないわ。でもね、これだけは覚えておきなさい。あなたの命はあなただけの物じゃない。マホジョが何の為にあなたを生かしたのか考えた上で決断をする事ね」
そう言うとホルンはカインの手を掴むと強引にその場を後にする。
「おいおい今のセシルを1人っきりにしていいのか?」
「大丈夫よ。だってあの娘は〝1人〟じゃないんだから……」
二人が去った後もセシルは自分の手の中にあるマホジョの帽子を見つめて考え続けていた。
ねえマホジョ……私はどうすべきだと思うのね?
何とも未練がましい問いかけだ。もうマホジョはこの世界に居ないのだ。この質問に彼女が答える訳が……。
――『何を弱気なことを言っているの? 私の意志はあなたに引き継がれているって言ったでしょ? だったらいつまでも蹲ってないで立ち上がりなさいな』
「え……ええッ!?」
自分の問いかけに何者かが答えたような気がしてセシルは勢いよく背後を振り返る。当然だがそこには誰も居ない。でも……セシルの耳には確かに聴こえた気がしたのだ。死んだはずの〝マホジョ〟の声が……。
違う…動揺して振り返ったけど〝背後〟からじゃなかったのね。私の〝中〟から声が聴こえた気がしたのね……。
死の間際にマホジョは言っていた。『自分の意志は私に引き継がれている』と……。
きっと今自分が耳にした彼女の声は自身が生み出した都合の良い幻聴だったのだろう。でも、それでも嘆き続けていたセシルの心には一筋の光明が差した気がした。
彼女は手に持っていたマホジョの帽子を被った。
「この帽子…やっぱり私には少し大きすぎるのね。でも……これを被っているとマホジョが隣に居るみたいで安心するのね。……ねえマホジョ……この帽子を被ってもう一度〝二人一緒〟にこの先を進んでみようと思うのね」
――『そう、でも二人じゃないわよ。カインとホルンだって居る。そう、私達〝4人〟でこの先を進むのよ』
またしても都合の良い幻聴が聴こえた気がする。だがその言葉を耳にしたセシルは涙を流しながらもしっかりと笑っていた。
「おーい二人共置いていかないで欲しいのねー!!」
そう言いながらセシルは小さくなった仲間達の背中を追いかけだしたのだった。
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