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悲しみを乗り越えた少年は歩み続ける


 自分をまるで叱りつけるように、いや厳密に言えば叱りつけるウルフの言葉にムゲンは情けなく彼女の名前を口にする。


 「ウ……ウルフ……」


 「冒険者を辞めても今のあなたは何も変わらない。根本的な〝弱い自分〟から抜け出せないあなたはどんな道を選んでも必ず失敗する」


 確かに冒険者稼業を引退すればもう戦いの恐怖からは逃れる事は出来るのかもしれない。だがそれは辛い現実から目を背けているだけだ。幼馴染を護れず自らの腕の中で息を引き取る光景を目の当たりにした彼の心が折れかけてしまうのは無理もないことだろう。実際に自分だって目の前で起きた悲劇、母の死に発狂したのだから。


 「私だって本当ならムゲンに偉そうに説教できる立場じゃないよ。今だってまだ自分の母親の死に対して完全に整理がついたわけじゃない。内心では色々考え込んでいるから……」


 夫を失い大勢の人間から拒絶され追い詰められていた母はとうとう娘である自分を奴隷商に売り飛ばした。たとえ彼女が精神的に追い詰められていた事を加味しても決して許せる所業ではない。だがそんな母はもう一度〝母親〟として自分の命を救ってくれた。


 「簡単に整理できる訳が無いよ。私を捨てた癖にどうして今更私を庇って死んだの? 今も思い返すだけで頭の中がぐちゃぐちゃにかき回される気分で吐きそうになる……」


 もしもウルフが〝独りぼっち〟ならば意識が覚醒した今でも塞ぎ込んでいたのだろう。


 「でも今の私には隣で支えてくれる人が居る。だから私はまた立ち上がれる事が出来たわ」


 目が覚めてすぐに自分が戻って来た事を知って駆けつけて来たソルとハルのお陰でウルフは再び発狂せずに済んだのだ。自分の帰りを待ってくれる人が居たから自分はもう一度立ち上がる事が出来たのだ。


 そして何より自分を愛してくれる彼が今も生きているからこそ……。


 「今も心の奥底では混迷している。母に対して自分を売り飛ばした恨み、今更遅すぎた謝罪に対しての憤り、そして……自らの命を引き換えにでも自分を助けて命を繋いでくれた感謝。そう言って複数の感情が渦巻いている。でもハルが、ソルが、そしてムゲンが居るから私はまた立ち上がれた。それなのに……それなのにあなたがそんな俯き続けてどうするのよ!! あなたがここで立ち止まってどうするのよ!?」


 自分のありったけの想いをぶつけながらウルフは心から願う。もう一度ムゲン・クロイヤが立ち上がって自分達と一緒に戦ってくれる姿を。


 遠巻きに様子を伺っていたハルとソルもいつの間にかムゲンの傍までやって来て彼に寄り添う。


 「大切な人を失った苦しみを簡単に乗り越える事が出来ないのは当然だと思います。でもだからと言って歩みを止めて蹲る事が正しい訳ではないと思います。だってムゲンは今こうして〝生きている〟のだから……」


 「こんな時こそパーティーメンバーを、いや私達恋人を頼ってくれよ。幼馴染を失った痛みが大きすぎて1人で歩く自信が今はまだ無いんだろ? だったら私達がお前を支えて一緒に歩いてやる。だから……だから私達とまた歩き出してくれよ……」


 気が付けばムゲンは3人の恋人に包まれていた。

 温かな恋人の体温は凍り付いていたムゲンの時を少しずつ解凍していく。


 俺は……俺は一体何をやっているんだ……?


 ここでムゲンは再びミリアナから送られた言葉を、問いを思い出す。


 ――『あなたはこの世から消えていく私を優先して〝今の大切〟な物を失っても良いと言うの?』


 そんな訳が無いに決まっている。幼馴染を失ったからと言って自分を心から愛してくれる者達を無下にしていい訳が無いのだ。

 

 そこまで思考が行き進んでムゲンは気付く。このままこうして腐っている事はまさに恋人達を蔑ろにしている行為と同じだと言う事に。今だって自分に寄り添い支えてくれる彼女達を見ずミリアナの事ばかりを考え続けている。死んだ彼女に固執しつつある。

 それにショックを受けているのは自分だけではないのだ。ウルフは目の前で母が死に、そしてソルとハルだってこの戦いで仲間を失った辛さを同様に抱え込んでいる。ハルに至っては自分の恩師とも言えるマホジョが死んだのだ。そのショックは並大抵の大きさなどではないだろう。それなのに彼女はその悲しみをグッとこらえて情けなく落ち込んでいる自分を必死に支えている。


 このまま冒険者を辞める事がこの苦しみから逃れられる術だと思っていた自分が何とも愚かしい。それは今の仲間を蔑ろにするだけではない、死んだミリアナを無理やり忘れようとしている行為に他ならない。本当に彼女を想っているのならばその死を受け止め、そして前進する事が正しいはずだ。ここで腑抜けた生き方を選択するなど彼女も浮かばれない。何よりも自分をもう一度立ち上がってくれると信じてくれているこの3人の恋人でありパーティーメンバーである〝仲間〟にも顔向けできないではないか。


 「……ごめんみんな」


 そう言うとムゲンは自分の愛する3人の女性を抱きしめ返す。


 「完全に立ち直るにはまだ時間が掛かりそうだ。でももう冒険者を引退だなんて言わない。そんな風に情けない逃げ方はもう絶対にしない。だから……これからも俺と一緒に【黒の救世主】として戦ってくれるか?」


 決して離れないよう、もう二度と自分の腕の中から零れ落ちぬよう大事で大切な仲間達にそう問いかける。その言葉に対して返って来たのは言葉ではなく同じように力強く抱きしめ返してくれる柔らかな抱擁だった。


 大切な人を失った者の苦しみは計り知れないだろう。それが自分を救ってくれた幼馴染のような思い出の多い人物なら猶更だ。だがそれでもムゲンはまだ羽をもがれた訳ではない。自分にとっての翼ならまだここに3人も居るのだ。


 だからまだ自分は【黒の救世主】のリーダーとして飛び続けられる。



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