未だ傷は癒えない
ムゲン達の手によって【ディアブロ】第5支部は完全に壊滅した。
支部壊滅から2日後の出来事だ、瓦礫となった支部の周辺にはライト王国から派遣された王国騎士が調査を進めていた。これまで闇に埋もれていた【ディアブロ】の支部から本部へと繋がる情報が少しでも見つかる可能性があるから調査隊が国から遣わされたのだ。
「しっかし酷い有様だな。調査なんていっても出てくるのは死体と瓦礫だけだろ」
今回の調査に派遣された騎士の1人がぶつくさと愚痴を漏らす。
「おい気を引き締めろ。まだ敵の生き残りが潜んでいる可能性がないとは断言できんのだぞ」
「す、すいません隊長」
やる気なく欠伸交じりに調査をしていた部下を叱りつけたのは今回の任務の隊長を任せられた《剣聖》の称号も持つ騎士ローズ・ミーティアであった。
叱責を受けた部下は分かりやすくやる気を変えて調査に力を入れ始める。その後ろ姿を眺めながらローズは小さく溜息を吐いた。
偉そうに言ったとは言え部下の言い分も少しは理解できるがな……。この惨状を見る限りもう生き残りなどいないだろう……。
同時にここまで破壊の限りを尽くされたアジトに本部に繋がる物が残っているとも思えなかった。とは言え可能性がゼロでない以上は調査は必要だ。万が一の可能性を斬り捨て手掛かりを見過ごすなど間抜けな醜態をさらす訳にはいかない。
「しかし〝あの少年〟がこれほどまでの力を秘めていたとはな……」
この第5支部を壊滅させたのは自分達の国にある【ファーミリ】のギルド、そこに所属している2組の冒険者パーティーによるものだ。しかもアジトを文字通り壊滅させたのはたった1人の自分よりも年下の少年なのだから驚嘆する。
「(だがいくら物理的な力が他者を凌駕するものだとしても心は年相応に脆い。彼は……立ち直れるだろうか……)」
今回のこの支部での出来事は調査の纏め役を任命されたローズは事前に知らされている。(ただセシルの素性については伏せられて知らない。)
当然それはこの戦いで亡き者となった二人の人物についても知っていると言う事だ。犠牲となった1人は【不退の歩み】のメンバーであるマホジョ・フレウラ、そしてもう1人はトレド都市のギルドの所属していたミリアナ・フェルンと言う名の冒険者。しかも聞けばこのミリアナはムゲン・クロイヤの幼馴染らしく彼のショックは相当なものだろう。
「もしかしたら彼はもう駄目なのかもしれないな……」
そう言いながら彼女はこの壊滅したアジトより少し離れた場所にある〝ある村〟の方角を眺めるのだった。
◇◇◇
第5支部を壊滅させたムゲン達はなすべきことも終わり本来なら今はもう自分達の町へとすでに戻っているはずだった。だが彼等は町には戻らずアジトまでの道中に居を構えている狼族の村へと訪れて未だに留まっていた。その理由としては1つはアジト突入前に実の母が死に精神に多大なストレスを受けたウルフが倒れてしまい、狼族の村で未だに療養している彼女を迎えに行く為だった。
そしてもう1つの理由、それはこの第5支部の戦いで心に深い傷を負ったムゲン達が立ち直る為に心の傷を癒す時間を確保する為でもあった。
守るべき幼馴染を護れなかったムゲン。そして自分達の大切なパーティーメンバーを失った【不退の歩み】のメンバーはこの狼族の村に滞在している2日間は口数が極端に少なくなっていた。特にムゲンとセシルの二人は始終上の空と言った感じで気の抜けた状態だった。
村の中を散策しながらソルはやるせなさを感じていた。
「ままならないものだな……」
思わず零れ出た独り言だったが隣を歩いているハルも全く同じ想いだったので相槌を打った。
「大切な人を失った心の傷はそう簡単に拭えはしません。ましてやミリアナさんはムゲンさんの〝恩人〟だった人ですから……」
「そうだな。それにホルン達もまだ立ち直るには時間が掛かりそうだな」
一時期は憎しみに駆られて暴走しそうになっていたムゲンの姿を思い出すと彼がどれだけ無念だったのか痛いほどに伝わって来る。そして【不退の歩み】の3人の心の傷もまた然り、マホジョと言う仲間が逝き胸が張り裂ける想いだろう。
「……お前は大丈夫なのかハル?」
少し不安気な表情でソルは相棒の彼女の心を案じていた。
同じパーティーメンバーではないとはいえマホジョは彼女にとっても恩師と言える人物である。この戦いで恋人であるムゲンが苦しみ、恩師までもが死に至った。もしかしたらこの中で一番ショックを受けているのではないかと正直不安で仕方がなかった。
自分の事を不安そうに見つめる相棒に対しハルは寂しげな顔で笑みを浮かべる。
「心配しなくても大丈夫ですよ。こんな時だからこそ1人でもしっかりとしてないと……」
そう言いながら話す彼女は完全に悲しみを取り繕っている。確かに全員が失意の底に沈んでいれば誰一人として一向に立ち直れないかもしれない。こんな時だからこそ気丈に振る舞う事も必要なのかもしれない。
それでも長年一緒に居た相棒の弱々しい姿を見て見ぬふりをするなどソルにはとても出来ない芸当だった。
「今はムゲンも【不退の歩み】の3人も居ない。だから……今だけは泣いていいぞ」
「……ひっく……うぐっ……マホジョさん……」
村の外れの方まで来るとソルはそっとハルを抱き寄せて今だけは泣かせた。
静かな空間の中に小さく響くハルのすすり泣く声を間近で聞きソルの涙腺まで緩みそうになる。気が付けば慰めようとしていた彼女まで無言で涙を零していた。
こうして彼女達の傷は未だに癒えぬまま1日を迎えたのだった。だがこの翌日に〝彼女〟が目覚める事で悲しみに暮れるムゲン達は前を向いて歩きだせるようになるのだった。
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