私達が傍にいるから……
「離してくれないか二人とも。コイツに止めを刺せないじゃないか」
自分の腕を掴んでいるソルとハルに腕を放すように頼むが二人は放すどころかより一層強い力で引き留めて来る。
「もうこれ以上は手を下す必要はないだろう」
「そうですよ。アジトも完全壊滅し、もう抵抗する敵だってどこにも居ません。だからこれ以上は……」
「何を言っているんだよ二人とも。ほらよく見て見ろよ、敵ならまだここに残っているじゃないか」
何を言ってるんだと言わんばかりにムゲンは視線の先で瓦礫の下敷きになっている男を乾いた笑みを浮かべながら指差す。
目の前で瓦礫に埋もれ命脈が立たれようとしている男は恐怖から震えながら祈る様に目をつぶる。恐怖のあまりから子供の様に涙を流してガタガタと怯えている。もう誰がどう見ても戦意喪失して抵抗する事がない事は明白だ。
だがムゲンの心は情に揺れる気配は無い。
「もうその人は戦えませんよ…」
「それがどうしたんだ? 戦えようが、戦えなかろうがコイツ等に生きる資格なんてないだろ?」
今のムゲンは本気で闇ギルドの人間には一遍の生きる資格がないと思っていた。
自分の大切な幼馴染はコイツ等に殺されなければならないような理由など何一つとしてなかった。だがこのギルドの長であるソウルサックは心底下らぬ理由からミリアナの肉体を乗っ取り最後には彼女の心を食いつぶしてしまった。肉体を奪われ心を砕かれ死んで行った、これではミリアナは何の為に今日まで生きて来たと言うのだ? ソウルサックの都合の良い人形となる為に生きて来たと言うのか?
「人の大切な幼馴染を死に追いやった償いは受けてもらう。この支部の全ての人間、いや【ディアブロ】に所属する奴等は全員この手で必ず地獄に落とす。そうでなきゃ……そうでなきゃミリアナが浮かばれないじゃないか!!」
今まで能面の様な表情だったムゲンも死に際の幼馴染の顔を思い返すと怒りが煮えたぎる。まるで血液の温度が上昇したかと思う程の熱が体内から湧き上がり血管がぶち切れそうな思いだ。
その怒りをぶつけるかのように拳を握り目の前の瀕死の敵にトドメを刺そうとする。だがそんな彼に対してソルはまるで諭すかのような口調でまたしても静止の言葉を口にした。
「お前の気持ちはわかるよムゲン。私だってもしお前が殺されたと考えれば怒りで頭がおかしくなるんだろうな。でも……それでもここは踏みとどまってくれ」
「どうして怒りを抑える必要があるんだよ!? 今お前だって俺が死んだら怒りで頭がおかしくなるって言っておいて矛盾した事を言うなよ!!」
激情に駆られながらもムゲンとてソルの言葉の真意はちゃんと理解しているつもりだ。
ここで復讐心に溺れて動けない瀕死の敵の息の根を止めてもミリアナは決して帰っては来ないのだ。むしろただ虚しさだけが肥大化していくだけだと分かっている。
だがソルがここで彼を止めた理由はそれだけではない。確かに虚しさを増大させたくはない気持ちもあるがそれ以上にここで彼を止めなければ自分達の大好きなムゲンが二度と帰ってこれなくなる気がしたのだ。
「復讐に囚われて生き続けるお前は見たくない。だから頼む、コイツ等を許せとは言わない。でも怒りだけに支配されて私達が見えなくなるような道は歩まないでくれ」
お願いだからここで踏みとどまって欲しいと懇願を籠めてソルは背中に抱き着く。それに続きハルも涙を流しながら必死にムゲンに抱き着いて言葉でなく愛情と言う名の説得方法で闇に落ちかけている彼を光の世界に引き留める。
復讐に囚われかけていた彼の固く握った拳はゆっくりとだが力は抜けていき、やがてその場で膝をついていく。
「……どうしたらいいんだ? 俺だって全部理解しているさ。ここでミリアナの為だと理由を付けたとしても復讐の道に走れば後戻りできないくらい泥に塗れてしまうことくらい承知しているさ。でも……じゃあどうしたいいんだ? 守るべき人も守れなかった俺は犠牲となった幼馴染を忘れて今まで通りへらへら笑って過ごしていけと言うのか?」
きっとミリアナだって自分の為に復讐の鬼になる事は望んでいないのだろう。
――『あなたはきっと私がどう言おうと私がこの世を去る事を自分のせいだと咎めるのかもしれない。でもその悲しみを乗り越え、そしてこの先の未来を歩んでちょうだい』
死の間際に彼女の言っていたセリフを思い返して胸が痛む。ミリアナの無念を晴らしたいと思う一方で彼女の最後の願いを無下にしたくないと言う思いに葛藤して苦しんでいると……。
「まだあなたは全てを失った訳じゃないでしょう」
自分の進むべき道を判断できなくなり苦しみ悶えている彼にそう言葉を掛けたのはホルンであった。
「確かにあなたは幼馴染を救えなかった。でもムゲン、まだあなたは〝全て〟を失った訳ではないでしょう。少なくとも今ここにあなたの為に涙を滲ませている女の子が2人居ると思うけど?」
その言葉を受け自分に抱き着く2人の恋人に目を向ける。
彼女達は今にも泣きだしそうな顔をしながらムゲンを無言で見つめている。その表情を見れば言葉にされずとも二人が自分を本気で心配してくれている事が伝わって来る。
「かつてあなたをパーティーから理不尽に追放した私が本来ならこんな事を言うのはおこがましいと重々承知しているわ。それでも言わせてもらえるのならあなたにはまだ守るべき〝大切な人達〟が残っているはずよ。そんな娘達の気持ちを置き去りに泥沼の底に沈む道を歩む事が本当に正しい選択なのかしら? それともあなたの世界には幼馴染しか大切と言える人は存在しないのかしら?」
そんなわけがない。ソルもハルもそしてウルフも自分の大切でかけがえのない恋人だ。自分にとって決して失ってはならない愛する人達だ。そんな彼女達の気持ちを蔑ろにして復讐に走る事が正しい訳がない。そう……全部本当は分かっていたさ……。
今の大切な人を失ったムゲンの傷を癒せる者が居るとするならそれは同じく彼にとってかけがえのない大切な人達だけだろう。
「私達が傍にいる。今すぐに立ち直れなくてもいい。時間がかかってもいいんだ」
「あなたが胸の中の苦痛を乗り越えられるまで私達が隣に居ます。だから安心してください」
左右から抱き着いてくるソルとハルの温かな体温にムゲンは我慢できずその場ですすり泣く。だが光が消えていた彼の瞳には二人の恋人のお陰でまた生気が戻っていたのだった。
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