元仲間の頼み事
ソルドの魂とも言える愛剣を彼女のお気に入りの場所に埋めたその後、ムゲン達は再び町へと戻ってきていた。どうやらソルもようやく立ち直ったようで今はムゲンの腕に抱き着いていつも通りに積極的にアプローチしてきた。
それに負けじとハルも反対の腕に抱き着いてきてすっかりいつも通りだ。
「お、おいソルにハル。いつも言っているがもう少し節度を持ってくれないか」
「おいおい私は傷心中なんだぞ? 少しくらいは甘えさせてくれてもいいじゃないか」
「ずるいですよソル。自分だけ正当そうな理由をくっつけてムゲンさんを独り占めするなんて」
もう何度目になるだろうか忘れたがそれでもこの両手に花の状態で街中を移動するのはやはり恥ずかしい。それにこの状態だと毎回必ず野郎どもの嫉妬の視線を向けられて居心地も悪いのだ。
とは言え自分を好きだと公言している二人の想いを無下にもできないので口では遠慮するように言っているが結局は力づくで引き離せない。特にソルは憧れの人を失って間もないので辛辣に出来ず猶更だ。
「(とは言えもう少し警戒してほしいもんだよ。俺だって立派な男なんだからさぁ…)」
腕を組んで歩くだけならまだしも毎日ひとつのベッドで全員で眠る事は控えてもらいたい。我ながら小心者だが未だに緊張から少し寝不足になる事もあるから。
それからしばし町の中を歩いているとソルの腹が可愛らしく鳴った。
「ははっ、折角街に繰り出しているんだ。どこかで外食していくか」
ムゲンがそう言うと二人も頷いて早速この近くに手頃な酒場でもないかと探し出す。
だが周囲を見渡しているとムゲンの目にある人物の姿が飛び込んできたのだ。遅れてソルとハルの二人もその人物に気が付くと顔をしかめた。
どうやら向こう側も自分達の存在を目視して気づいたのだろう。ゆっくりと自分達へと歩み寄ってきた。
「久しいわねムゲン。その…あれから随分と活躍しているようじゃない」
「ああ…久しぶりだなホルン」
ムゲンへと歩み寄ってきた人物はかつて彼が所属していた【真紅の剣】のメンバーであるホルンであった。
ギルドを出て宿に戻ると言っていた彼女だが実はムゲンを探して街中をうろついていたのだ。
クビを宣告されて以来もうあの三人とは完全に袂を分かち落ち着いて会話する機会もないだろうと思っていた。あのギルド内でのいざこざの様な絡まれる事はあっても向こうから親しそうに声をかけてくるとは……。
「その…元気そうで何よりだわ」
そう言いながらどこか人当たりのよさそうな笑みを向けてくるホルン。だが心なしかその顔には余裕を感じられない。
生憎ではあるがムゲンはその笑みを素直に受け取る事は出来なかった。何故今更になって自分の目の前に? 一体何を企んでいるんだ? どうしてもそのように警戒せざるを得ない。
ムゲンが要件を尋ねるよりも先にソルが真っ先にホルンへと噛みつく。
「今更どういうつもりだ? よくムゲンの前に顔を出せたな?」
「……ムゲンと少し話をさせてくれないかしら? 少し、いやかなり大事な話なの」
「お断りします。あなたとムゲンさんを二人きりになんてさせられません」
ホルンは出来ることならムゲンと二人だけで話をしたかったらしいが今度はハルがそれを拒否する。あれだけ自分達の恩人をぞんざいに扱っておきながら二人きりなど許容できる訳がない。
だがホルンを敵視している二人に対してムゲンは落ち着いた口調でこう頼んだ。
「二人とも、少し俺とホルンの二人で話させてくれないか?」
「ど、どうしてですか?」
まさかのムゲンからの頼みにハルが困惑気味の表情を彼へと向ける。
「心配しなくても大丈夫だよ。心配なら少し離れて見守ってくれてもいい」
他ならぬムゲン自身がそう言っている以上はここで自分達が騒いでも仕方がないと思いとりあえずはムゲンとハルの二人だけの状態にする。とは言えやはり二人からすれば【真紅の剣】の人間は信用ならぬので少し離れた場所からいつでも飛び出せるように待機はしている。
ハルとソルの二人を離れさせるとムゲンは目の前の元仲間に何の用かを問う。
「それでホルン、いったい何の用で俺に前に現れたんだ。それも一人だけで」
「……ねえムゲン、私達のパーティー【真紅の剣】に戻ってきてくれないかしら?」
申し訳なさそうな顔でホルンが頼んできた要求は正直言って馬鹿馬鹿しい頼みとしか思えなかった。
自分を散々『無能』だと蔑み使い物にならぬガラクタ、そう見下し続け、時には周りの冒険者にわざと自分の存在を笑い者にしてもいた。それでもクビを宣告されるまでは耐えてきたのだ。
だが目の前の《聖職者》は結局あっさりと自分を切り捨てた。もうあの時点で【真紅の剣】のメンバーとは縁を切ったつもりだ。向こうだってそうだろう。それが今更自分達のパーティーに戻って来てくれない? こんな頼み事に対しての答えなんて悩むことなく即座に出せた。
「当たり前だが断る。今更お前達と一緒にパーティーなんて組めるかよ」
「あなたがそう言う事は理解できるわ。でも…もう限界なのよ。私達のパーティーはもはやAランクですらないの。肩書だけはAランクでも中身の無い見せかけのパーティー……本当に追い込まれているの」
そこまで言うとホルンはその場で頭を下げて必死にムゲンを引き戻そうと懇願する。
「認める、全部もう認めるわ! 本当に無能なのは私達の方だって。私達がAランクだったのはあなたが未熟な私達をずっと支えていたからこそだと言う事実も私はちゃんと理解しているの! でもマルクもメグもここまで追い込まれてもまだ自分達はAランク冒険者である事を疑いすらしないの! お願い、どうか私達をもう一度救って!!」
「他の二人と違ってお前は現状の危機感を理解できてるんだろ? なら無理に【真紅の剣】に留まらず他のパーティーに移籍でもしたらどうだ?」
「な、なら…なら私をあなたのパーティーに入れて頂戴!!」
「………」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。
まさか本気でこんな頼みが通ると思っているのだろうか?
「俺にとっては袂を分かった二人だがマルクとメグはお前にとっては大事な仲間なんじゃないのか?」
自分が【真紅の剣】に在籍していた頃はホルンは自分は見下していたが他の二人は対等な仲間として見ていたはずだ。その仲間を捨ててしかも自分の元に来ようとするなんていくら何でも、なんて考えているとホルンは焦りのあまりから醜い本心を吐露してしまう。
「私はAランクとして順調だったからこそあの二人とも上手くやれていただけよ! ここまで落ちぶれても尚あんな現実の見えない二人と居ても未来はないわ! 私はちゃんと謝ったんだから私だけは助けてよ!!」
「お前な…」
最初は呆れていただけだったがここまで身勝手な言い分に怒りが沸く。つまりホルンがここまで必死に頼み込んでいるのは【真紅の剣】の再興をしたいと言う思いからではなく自分の身の振りの為に動いているだけだったのだ。
「ねえムゲン、私はこのままあの二人と一緒に落ちぶれて終わりたくないの。もし頭を下げるだけで不十分なら私のできる範囲の事なら何でもしてあげる。それこそ私をあなたの好きにしてもいいから。もう本当に限界なの! 依頼の失敗続きで私も余裕がなくて……このままだと宿代すらもう……!」
そう言いながらムゲンの足元に縋りつく彼女を見てムゲンはもう一気に怒りが霧散してしまう。情けなさ過ぎて……。
「悪いが身から出た錆だ。今のパーティーが不安なら俺とは無縁のパーティーにでも移ってくれ」
そう言いながらムゲンはホルンを引き剥がすと今の仲間であるハルとソルの元へと向かう。
ちらりと背後を振り返るとホルンは頭を抱えてうなだれている。その絶望に沈む姿を見てムゲンはまだ性格が歪む前までの彼女を思い出していた。
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