もう…救えないのか…?
目の前で告げられる事実にムゲンは頭の中が靄で覆われたかのような感覚に陥っていた。
自分を幼い頃から大勢の大人達の悪意から守ってくれたミリアナ、そんな彼女を今度は自分が救ってあげたいと思いここまでやって来た。あの剣さえ破壊してしまえばまたミリアナが戻って来てくれると信じていた。だが現実はあまりにも非情であり無慈悲であり残酷であった。
「く…くだらないハッタリだな。もうミリアナを救う方法がない? そう言えば俺の動揺を誘えるとでも踏んだのか?」
思考が鈍っている脳内を必死に活性化させようとするがムゲンの口から出て来る言葉に力強さはない。
完全に動揺しているその姿を見てソウルサックは更にミリアナの顔で醜悪に笑みを浮かべる。
「最初の強烈な覇気がどんどんしぼんでいますよ? 口では必死に否定をしているようですがあなたの心はもう認めているんじゃないですか?」
「黙れ」
「あなたは心象内でこう考えているんじゃないですか? 『そんな、俺は間に合わなかったのか?』」
「やめろ…」
「『どうして俺はもっと早く手を打てなかった!? ミリアナは幼い頃から俺を救ってくれたのに俺はその恩義を返せずみすみす幼馴染をコイツに奪われてしまった。これじゃ俺は何のために……!?』なんて考えていそうな顔をしていますが大丈夫ですか?」
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
まるで心の中を覗き込まれたかのように自分の後悔を言い当てられて動揺したムゲンは一気にソウルサックの眼前まで移動し、そのまま後悔の念を乗せた拳を顔面に叩きつけようとする。
だが拳がソウルサックの顔を吹き飛ばそうとする直前にムゲンの心は更に抉られる。
「幼馴染の心を救えず、挙句には肉体の方まで傷つけますか? あなたにとってこの娘は何なんですかね?」
「~~~~!?」
自分の幼馴染の声を使い責めるかのような言葉を前にムゲンの拳は止まった。いや止めざるを得なかった。
「はい隙だらけ♪」
当然だが敵の眼前で硬直などしてしまえば恰好の的になる。またしても手刀を刀剣の様に振るって扱いソウルサックの鋭利な一撃がムゲンの腹部へと当てられてしまう。
ただの打撃とは違い自らの体を剣と扱っている攻撃はもはや極限まで鍛え磨き上げられた刀剣と変わらない。またしてもムゲンの肉体には大きな刀傷がつくり上げられてしまう。
反撃しようと身構えようとするがその度にミリアナの顔を使い歪んだ狂気の笑みと共に心を抉る言葉をソウルサックはぶつけて牽制してくる。
「おやおや今にも泣き出しそうな顔をして情けないですねぇ。まあでも、一番涙を流して苦しんでいるのはこの体を奪われた幼馴染の方だと思いますがね」
「(俺は……どうしたらいいんだ……?)」
もしソウルサックの言う通りならばもうミリアナを救う事は不可能に近い。ならば彼女の肉体を今後も悪用されない為にもここでソウルサックを撃破する事が一番正しい選択なのかもしれない。だがもしかしたらまだ彼女を救う手立てがあるのではないか? そんな微かな希望に縋りムゲンは反撃に出る事はできず防御に徹する事しかできなかった。
少しずつ、少しずつ手刀で身を切り裂かれ、肉を削り続けられ次第にムゲンの肉体の損傷は致命の域に近づきつつあった。
反撃もせずただ自分の攻撃を受け止め続けるムゲンをソウルサックは嘲笑い続ける。
「おやおや竜の血を引いているとは言ってもやはり人間ですねぇ。そこまでボロボロになっておきながら反撃できないとは、非情に徹する事もできず闇ギルドに挑むべきではなかったですね」
そう言うとムゲンの顔面目掛けて鋭い手刀が振り下ろされる。
「ガッ……く、くそぉ……」
ギリギリで身を引いたお陰で瞼を斬られはしたが眼球は無事だった。だがここまでの戦闘で大分血を流してムゲンの動きも少しずつ鈍り始めている。このままではじきに死に直結する攻撃を受けて命を落としてしまうだろう。
「(当たり前だが受け身のままじゃ絶対に勝てない……)」
これまで防戦一方だったムゲンであるが攻撃を防ぎつつ本当は気付いていた。もし自分がその気になればこの勝負は勝てる戦いだと言う事実に。確かにソウルサックの戦闘力は以前よりもかなり上昇はしている。それでも全身全霊の力を出した自分よりは劣る事も戦っていて確信できた。だがそう言っていられるのも今の内だろう。ここまでの戦いで自分はかなり血を流している。このままでは動きも緩慢になりもう勝ち目は完全に消えるだろう。
「(それでも…それでもミリアナを傷つけるなんて……!!)」
ここまで自分が足を踏み込んだのは幼馴染を救い出すためだ。それなのにその幼馴染を自らの手で終わらせるなど出来るはずもない。それでは自分は何の為にここまでやって来たと言うのだ? 自分を救ってくれた相手を殺す為にやって来たとでもいうのか? 馬鹿にしているにも程がある。
やはりムゲンには幼馴染を排除すると言う選択肢は浮かび上がってはこなかった。だが――そんな彼を予想外の人物が後押ししたのだ。
「これで終わりですね!!」
「しまっ…!?」
頭の中がこんがらがっていたせいだろう。突然強く踏み込み加速したソウルサックの動きに付いてこれず完全に懐を取られてしまう。
そのまま魔力を纏っている貫き手がムゲンの胸部へと向かって行き……そして何故か彼の心臓を貫く直前で停止した。
「な……?」
確実に虚を突いた今の一撃で自分を殺せていたかもしれないにも関わらず動きを止めるソウルサックに疑念の満ちた目を向ける。
だが攻撃の手を止めたその理由はすぐに理解できた。だって自分の目の前に居るのはソウルサックではなく――
「よかった……さいごに……あなたともう一度話せそうで……」
自分の為に泥をかぶり続けてくれていた幼馴染のミリアナだったのだから。
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