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優しい悪夢の世界 後編


 「はあああああああ!!」


 自分へと向かってくるレッドボアを殴り飛ばしながらムゲンは他の【真紅の剣】の皆へと的確な指示を飛ばしていた。


 「メグ、遠距離魔法で後方のレッドボア達を分断してくれ!」


 「了解よ!」


 「ミリアナ、お前はマルクの方のサポートに回ってくれ!!」


 「分かったわムゲン!」


 「それからホルンは一度メグの魔力を回復させてあげてくれ。大分大きな魔法を使って一番疲弊しているはずだ」


 「了解よ!」


 襲い掛かるモンスターの大軍を前にしてもムゲンの的確な指示によって【真紅の剣】の面々は大きな傷を負う事もなく全員ほぼ無傷で見事にレッドボアの大軍を全滅させる事が出来た。

 無事に依頼を終えて町へと戻る道中では手配していた馬車の中ではマルクが上機嫌気味に話していた。


 「いやー今回も楽勝だったな。誰も大きな被害も無く依頼達成だ。これも全部ムゲンのお陰だな」


 「おいおい急に何だよ気持ち悪いな」


 いきなり褒められる事に照れ隠し気味にそっぽを向くムゲン。

 だがマルクだけでなく他の3人も次々とムゲンに称賛の言葉を送り出す。


 「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃん。実際にあんたが適格なサポートをしてくれているお陰で私達も戦いやすい訳だしさ」


 「そうだよムゲン。いつも言っているけどあなたはもっと自分に自信を持ってくれても構わないんだよ」


 まるで自分の事のようにムゲンが褒められて喜ぶを表すミリアナにムゲンは苦笑してしまう。


 それにしてもここ最近は何だか皆と居る事がとても嬉しく、そして何よりこの状況に疑念を抱かなくなってしまったのは何故だろう。確か数日前まではこのメンバーと一緒に居る事に違和感を覚えていたはずだ。だが今はどうして自分が違和感を持っていたのかその理由を思い出せない。


 「(まあ別にいいか。仲間達とこうして笑い合えていられるのなら多少の〝違和感〟なんてどうだっていいか)」


 彼はこの世界が偽りであると次第に〝認識〟できないようになりつつあった。最初は敵であるハレードの策略に嵌っていると自覚していたのに今はもう【ディアブロ】の事すら頭から抜け落ちてしまっていた。この幸せな時間をいつまでも過ごしていたい、その想いが時間が経つにつれて大きくなる。もうムゲンにはこの世界の方こそが現実だとすら錯覚しかけ始めていた。


 仲間達と楽しく談笑しながら町に戻るとギルドに依頼達成の報告に向かう。すると受付に自分達と同じく依頼達成の報告をしていた先客がおり、ムゲンにとって大切な〝恋人〟達と偶然にも鉢合わせした。


 「おおソルにハルにウルフじゃないか。お前達も仕事終わりか?」


 「ああムゲンか。丁度今しがた仕事から戻って来たんだ。そう言うムゲン達も依頼達成の報告に来たのか?」


 ムゲンが声を掛けると彼の恋人であるソルが嬉しそうに振り返る。

 他の二人もムゲンの登場に喜び甘えるように傍へと寄って声を掛けて来る。そのムゲンのモテモテっぷりの光景を見てマルクが少し嫉妬のこもった視線を向ける。


 「たくっ、こんな可愛いガールフレンドを3人も持っているなんてムゲンが羨ましいぜ。あーあ、俺もこんな優しい彼女がほしいぜ」


 「あんたみたいなガサツな男には縁遠い話じゃないの? 私の予想だと生涯独身を貫くタイプよあんたは」


 「何だとメグ!! そう言うお前だって男運がないだろうが」


 「ぐっ、余計なお世話よガサツマルク!!」


 マルクの願望に対してメグが鼻で笑い、その失笑に対してマルクも言い返して二人が互いの頬を引っ張り合う。

 そのどこか微笑ましい光景に釣られて周りの皆もついつい吹き出してしまう。そうして皆が楽し気に笑っているとそこにまた別のパーティーメンバーも合流して来た。

 次に現れたのは【不退の歩み】のメンバーであるカイン、マホジョ、セシルの3人であった。


 「おーいホルンさん、仕事が終わったのならこの後は俺とデートでも行こうよ」


 「もう、あまり人の多い場所でベタベタしないの」


 カインと交際関係であるホルンが軽く叱りつける。だが口調は強くとも恋人であるカインの顔を見ると嬉しさから彼女の口元は綻んでいた。


 「(本当に……平和な世界だなぁ……)」


 誰もが不幸とは無縁そうに明るく笑い合っている光景を見てムゲンはしみじみと〝幸せ〟を噛み締めた。


 この世界はまさにムゲンの理想通りに全てが進んでいる。この世界ではムゲンはパーティーを理不尽に追放される事もなければ、恋人達とも良好な関係を築いており、そして幼馴染であるミリアナを恨むこともなく同じパーティーの仲間として硬い信頼で結ばれている。全てが順風満帆なこの世界の居心地は本当に最高だった。


 「(もうこの世界で一生過ごしてもいいんじゃ……あれ、そもそもこの世界が本物だったっけ?)」


 現実世界ではまだ数秒程度しか時間は経過していないがムゲンの精神ではもう10日間の日数がこの世界で経過している。その時間の中で彼の心はゆっくりと、そして優しく腐らされていた。


 もう現実と幻想の区別があやふやとなっている彼に幻の世界のミリアナが笑顔と共に質問を投げ掛ける。


 「ねえムゲン、あなたは今幸せ?」


 「ああ…幸せだよ。だってこの世界は俺の求めていたものが揃っているからさ……」


 「そうよね。それじゃあこの先も〝この世界〟で生きていきましょう。辛い出来事が多すぎる〝現実〟なんて捨てましょう。大丈夫だよ、現実世界の私が死んでもこの世界で私は生き続けるから思い通りにいかない現実なんて捨てましょうよ。そう……現実世界で生きているミリアナなんて忘れてしまいましょうよ。だって〝現実〟の世界の私はムゲンの事を『何とも思っていない』最低な女なんだから」


 「………」


 「あらどうしたのムゲン? どうして頷いてくれないの?」


 今まで素直に頷いてくれていたムゲンが急に黙り込んでしまい幻のミリアナは首を傾げる。

 しばし無言のまま俯いていたムゲンだったがようやく顔を上げた。だがその表情は先程までとは打って変わり険しいものへと変貌していた。


 「危ないところだったぜ。危うく完全に中身なんて無いお前達に取り込まれるところだったよ」


 「ど、どうしたのムゲン? 何でそんな怖い顔をしているの?」


 「そりゃ怖い顔にもなるさ。だってお前は今こう口走ったんだからな。何が『現実世界の私はムゲンの事を何とも思っていない最低な女』だ。そんな訳ないだろうが」


 危うくあと一歩でこの幻の世界に取り込まれそうだったムゲンだが紛い物であるミリアナの言葉で我に返る事が出来た。

 自分の幼馴染であるミリアナは自身を悪党と蔑まれる覚悟までして自分の命を救ってくれた恩人だ。自分の心を殺しながらずっと自分を守り続けてくれていたのだ。そんな彼女を貶す発言はムゲンを一気に正気へと戻すには十分過ぎる材料であった。


 「優しい言葉を掛け続ければ俺も終わりだったかもな。だが現実で今も苦しんでいるミリアナを貶してくれたお陰で怒りを感じて正気に戻れたよ」


 そう言うとムゲンは一切の容赦なく偽りの幼馴染の首を掴む。


 「や、やめてムゲン。私だって『ミリアナ』なんだよ? どうしてこんな酷い事をするの……」


 「消えろこの幻が!! お前はミリアナじゃない!!」


 怒りと共にムゲンは偽物を地面へと叩きつける。その直後に偽物を叩きつけたミリアナの全身に亀裂が入る。その亀裂は地面や空間にまで広がっていき幻の世界は一気に砕け散る。


 偽りの世界が消え去り現実に戻って来たムゲンは自分を包み込む氷を内部から魔力を開放して一気に砕く。


 「なっ、そんな馬鹿な!? 私の古代魔法が打ち破られた!?」


 「えげつない魔法使いやがって。あんなふざけた真似で人の心を誑かして覚悟は出来ているだろうな」


 「ぐっ、調子に乗るな人間がッ!!」


 自分の最強魔法を自力で打ち破ったムゲンに動揺しつつも即座にハレードが魔法陣を展開する。だがムゲンはその魔法陣をなんと拳を叩き込んで破壊してしまう。


 「ば、化け物め」


 「人の心を弄ぶお前の方が化け物だろうが」


 その言葉と共にムゲンの怒りの鉄拳がハレードの腹部へと叩き込まれる。

 竜の力をほぼ全開状態で下から打ち込まれた拳はハレードの体をくの字に曲げた状態で天井へと叩きつけた。その威力は凄まじくハレードは天井を突き破り上の階まで吹っ飛ばされたのだった。


 「お前こそ気絶して夢の世界にでも行っていろよ」


 そう皮肉を天井を突き破って消えていったハレードへと言ってやる。当然だが今の一撃で意識が飛ばされている彼女からは返事はなかった。


 そのまま更に先に進もうとするムゲンだがその足は数歩で停止してしまう。


 「ようやくお出ましだな……」


 何故なら通路の前方からとうとう目的の相手がやって来たのだから。


 「ようやく会えたなソウルサック。さあ…ミリアナを返してもらうぞ」


 「ふふ……今回は果たして前回の様に優勢を保てると思わない事ですね」



もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。

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