マホジョ・フレウラの終着点
今回の話は書いていて少し辛かった……(悲)。
その名の通り古の魔法である『古代魔法』はまだ〝魔族〟がこの世に存在していた頃に扱われていた魔法である。この現代で古代魔法を扱う《魔法使い》はもうほとんど見られなくなった。
かつてこの世界は魔族によって支配されるかどうかの瀬戸際まで追い込まれていた血塗られた戦争時代の歴史があった。人間と亜人を滅ぼしこの世を我が物にしようと目論んでいた魔族を倒す為に生み出された古代魔法は魔族側に大打撃を与え続け、その結果辛くも人類側は長き戦いの末に勝利を収め戦争に勝利した。
この魔族との戦争はもう500年も遥か昔に終結し、今となっては当事者も居らず魔族の生き残りも一切確認されなくなり世間でこの歴史について語られる事もなくなった。当然だが戦争時に作り上げられた古代魔法もまた廃れていき世間では身につけている者も見当たらなくなった。
少し話が逸れてしまったがそれではなぜ現代の《魔法使い》であるマホジョは古代魔法を扱えたのか、それは今より数年前に訪れた小さな村での1つの偶然からであった。
まだ彼女が【戦鬼】のパーティーに所属していた時代の話だ。村の作物を荒らすモンスターの駆除の依頼を引き受けたマホジョ達はその依頼を果たす為に依頼された村へと訪れた。駆除の依頼をされていたモンスターはレベルこそ低かったが数の多さから予想以上に手間取ってしまい当初の依頼完了の予定時間よりもかなり時間を浪費してしまった。
依頼をこなした彼女達は依頼人であるその村の村長の厚意によって村長宅で一晩を明かす事となった。そしてマホジョはその村長の自宅からとんでもない代物を見つけ出してしまった。
なんと村長宅の納屋から古い魔導書が見つかったのだ。どうやら村長が産まれるよりも以前からこの魔導書は存在していたらしく、彼の祖先は過去の魔族との戦争で古代魔法を扱っていた《魔法使い》だったらしい。だが今の世代である村長は魔法も扱わず平穏な生活を送りこの魔導書も不必要だと言う事から埃をかぶって放置されていた。
普段は依頼終わりに貰える報酬にしか興味がなかったマホジョもこの時はこの魔導書に釘付けとなっていた。それほどまでに古代魔法は現代の《魔法使い》にとっては興味を惹かせる代物だったのだ。
魔法とは一切無縁の生活である村長はその魔導書を追加報酬としてマホジョへと渡した。
今となってはお目にかかれない数多くの古代魔法が記されている魔導書を手にしてマホジョは喜び、そして魔導書の中身を拝見して恐怖した。
魔導書に記されている古代魔法の数々は現在の上級魔法とは比べようのないほどの難易度であり、とても習得できるとは思えなかった。だがただ難易度が高いと言うだけならマホジョもその魔導書を読んで恐怖は感じなかっただろう。問題なのは魔導書の後半のページに記載されていた魔法だったのだ。後半のページに載っていた古代魔法はマホジョでもその気になれば習得はできた。だがその魔法はいずれも〝何かしら〟の犠牲を払って発動する魔法だったのだ。強力な魔法の代償として〝四肢の一部〟、〝これまでの記憶〟、〝残りの寿命の半分〟などとたった1度の発動だけでとても帳尻の合わない代償を払わされる魔法などとてもじゃないが身に着けて扱う気になどなれなかった。それと同時に魔族との戦争時代はこのような魔法が多くの者が扱った事を考えると背筋に寒気が走りもした。
もしこの魔導書を悪しき者の手に渡ったら、そう考えると所持しているだけでも危険だと判断したマホジョはこの魔導書をその手で焼き捨ててしまった。だがただ1つだけ彼女はその魔導書の中から習得した魔法があった。
「(まさかあの日に身に着けたこの魔法を使う機会が訪れるなんてね……)」
マホジョが唯一習得した古代魔法は<命の譲渡>と言う蘇生魔法の1つであった。その魔法はどんな重症者であろうと、死者であろうと一切小さな傷すらも残さず完璧に蘇らせる効力を持つ。だがその代償は自らの命を魔法をかけた相手に捧げて効果を発揮する魔法なのだ。つまりこの魔法を発動した者はその代償として――必ず死ぬのだ。
古代の魔法陣を死の淵に居るセシルの体へと描くとマホジョは最期の魔法を発動した。
「<命の譲渡>……はつ…どう……」
最後の力を振り絞って発動した魔法はセシルの全身を温かな光で包み込む。全身に回っていた毒は一瞬で浄化され、致死量と言える量の血を流して白くなっていた顔色は元の血色の良いものへと戻る。そしてどれだけ呼びかけても目覚めなかったセシルは自らゆっくりと瞼を開いた。
「あ…れ……?」
目覚めて意識が戻ったセシルを見てマホジョは心底安心して胸を撫で下ろす。
「え…マホジョ…? ど、どうしたのねその傷は!?」
まるで寝ぼけていたような視線だったセシルだが隣で横たわっている死に体のマホジョを見ると一気に頭が覚醒した。そして目も当てられないマホジョの姿を見て血相を変える。
「ひ、酷い怪我なのね! ど、どうしたら…急いで《聖職者》のホルンの元まで連れて行くのね!!」
「あはは…目覚めて早々元気ねぇ。でも…いいのよ、私はもう助からないから……」
「ばばば馬鹿な事を言わないで欲しいのね! と、とにかく止血を……!!」
何とか手持ちの道具で応急処置を施そうとするセシルであるがどうしていいか分からなかった。だって流れ出ている血の量、全身の至る箇所の傷に腹部の深い刺創、両足の酷い火傷、いったい何から手を付けていいのか解らないほどに痛まし過ぎる。
完全にパニック状態となっているセシルの頬をマホジョは優しく撫でて上げながら落ち着いて語り掛ける。
「もう良いの。どのみち私はもう絶対に助からない。今にも死にそうなあなたを救うために私は古代魔法を使役してしまったのよ。その魔法の代償は自らの命を捧げること。だから…もう私は助からない……あと数分もすれば死ぬわ」
「いや……そんなのいやなのね。し、死んじゃやだぁぁぁ……ああぁぁぁ………」
自分を撫でているマホジョの手を握りながら子供のようにわんわんと泣いて駄々をこねるセシル。その姿を見てマホジョは困ったような顔をしながら笑う。
「ねえセシル……最期に話がしたいの。聞いてちょうだい……」
「駄目なのね。さ、さいごなんて……だ、だめ……ひっく…さいご、なんて、やだぁぁぁ……」
「私は…確かにもう死ぬわ。でも…私の意志はあなたに受け継がれているの。私の発動した<命の譲渡>は自らの命を他者へと受け渡す魔法、その副産物としてある効果が譲渡者には現れるの。それは……私の魔力と冒険者として得た職業の2つの恩恵があなたには受け継がれているわ」
マホジョの使用した<命の譲渡>は自らの命を対象者へと注ぐ。その際にその人物の持つすべての魔力、そして《魔法使い》と言う職業までもその者へと受け渡す力を持つ。つまり今のセシルはただ蘇った訳ではない。魔力数の総量はマホジョに渡された分まで跳ね上がっている。更にどんな優秀な人材でも1人が持てる職の数は1つまでがルールだ。だが古代魔法と言う特例により今のセシルは<アサシン>と<魔法使い>の2つの職を1人で兼ね備えている状態なのだ。
「私の力はあなたの力と溶け合って1つになっているわ。だから…この先も私はあなたと共に居る」
「やだ……マホジョぉ……」
「もう……本当に泣き虫なんだから……」
そう言うとマホジョは自らの体にセシルを抱き寄せる。その冷たい体に触れて更に泣き出すセシルを見てマホジョの瞳にも涙が溢れ頬を伝い流れる。
だが彼女にはこの選択に何も後悔など無かった。自分の為に号泣してくれる彼女の為に死ねるのならば悔いなどあるはずもない。
「(私はあなた達と一緒に居たおかげでこんなにも変われたわ。だから……死ぬ前に言わせてちょうだい……ありがとう……)」
もうマホジョには声を出す力すらもなくなっていた。全身に感じていた痛みも完全に消えており、そして体は段々と寒くなりつつある。
訪れる死の数秒前にマホジョが思い出していたのは【不退の歩み】の3人との記憶。
『これからよろしく頼むぜマホジョ!』
『まったく、あまりからかわないで欲しいわねマホジョ』
『子ども扱いしないでほしいのねマホジョ』
自分の名前を呼んで笑いあってくれたカイン、ホルン、そしてセシル。その3人と一緒に居る事は本当に楽しくて……そして幸せだった。だからこそ言える、自分の冒険者人生は最後の最後に巡り合えた彼等のお陰で本当に幸せだったと。
「(ありがとうみんな。本当……心から愛してるわよ……)」
その言葉を最期にマホジョの全身から力が抜け落ちていく。
全身の至る箇所が傷つけられ痛々しい姿であるにもかかわらず、彼女は本当に楽しそうに笑いながらこの世を去って行った。
第5ルート ピーリー・メゲルト マホジョ・フレウラ 死亡
勝者及び生き残り セシル・フェロット
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