瞬殺
それぞれのルートが激闘を繰り広げている頃、第3ルートでは信じられないほどにあっさりと決着がついていた。
「そ…そんな馬鹿な……」
体内の骨が自分でも分からない程にへし折れて身動きすら出来ず、第3ルートで待ち構えていたキリシャは瀕死状態で何が起きたのかを思い出していた。
待ち構えていたこの部屋にムゲン・クロイヤが踏み込んだと同時にキリシャはスキルを発動して攻撃を繰り出していた。彼女の持つスキルは《斬撃結果》と呼ばれる能力。その力は切り裂いた事実だけを対象に与える凶悪無比なスキルであった。
前日の狼族の村での戦闘でウルフはこの能力の前に一方的に追い詰められていた。途中で彼女はこのスキルの謎に気付いていたがそれでも彼女のこの能力は絶大だったと言える。何しろ目につく範囲の相手ならばこのスキルで安全圏から相手を切断できるのだ。視界にさえ入っているのであれば鎌を振るだけで遠距離の相手に斬撃を届かせることが出来る。しかもこの斬撃は結果だけを残すがゆえに相手に与えるダメージは平等なのだ。
先の戦いで刃物を逆にへし折ってしまう強靭な肌や肉体を兼ね備えているムゲンのそんな肌を切り裂いて見せたほどだ。だが決して無敵のスキルでない事はキリシャ自身も理解していた。もし軌道を見切られてしまうと回避される事も普通にある。
ならばこの部屋に入ると同時にスキルで上下を分離してやればいい。
名乗りすらせず姿が見えたと同時にこの部屋へとやって来た相手をスキルで殺戮、それがキリシャの作戦であり事実実行に移したはずなのだ。この部屋にムゲンが踏み込んだと同時に射線を合わせてムゲンへとスキルを発動しようと鎌を振り下ろそうとした。
だが気が付けば自分は背後の壁まで吹き飛んで戦闘不能状態にされていた。
「(だ…駄目だわ。思い返しても何をさせたのか意味不明すぎ……)」
唯一動く眼球を更に先へと続く通路へと移すがもうムゲンは見当たらない。とっくにこの部屋を出てソウルサックの元まで向かったのだろう。
「はは……止めも刺さずに通り過ぎて行った。つまり…私は眼中にすら無かったと言う事ね……」
一握りしか与えられないスキル、努力などせずとも彼女は何度も命がけの戦闘で勝ち続けていた。だって目に見える範囲からスキルを発動すれば大抵の相手はそれだけでこと切れていたのだから。例え実力が上回っている相手でも幾人も切り裂き続けて来た。そして勝利の美酒に酔いしれていた。だがキリシャはこの瞬間に自分が井の中の蛙である事を思い知らされた。何しろ自分がどのように敗北したのかすら気付かなかった。気が付いていたら無様に敗北を味わっていたのだから。
「あ…あいつ……肉弾戦しか能がないと思っていたけど魔法も扱えたのかしら?」
この理解不能な結果は何かしらの魔法で作り上げられた状況だとキリシャは勘違いしているがムゲンが彼女に対して行った行為はシンプルなものだ。ただ拳でぶん殴った、それだけだ。ただしその作業を行う速度はキリシャ程度では見切れなかっただけだ。
この部屋へと入ると同時にムゲンは殺気に反応してキリシャを見た。その時に彼女はスキルを発動する為に鎌を振ろうとする。だが彼女が鎌を持ち上げた段階でムゲンはもう間合いを詰め終えていたのだ。
竜の持つ力を解放し、更には肉体強化を施した彼の速度はキリシャ程度では視認できなかった。鎌を振り下ろすよりも先に間合いを潰し、そして拳を叩き込んで吹き飛ばした。それがこの勝負の内容だった。
こうして第3ルートはいとも容易く突破されたのだった。
だが数秒で決着したルートはあくまでムゲンだけだった。他のルートではそれぞれが苦戦を強いられている。その中でも一番の苦戦を強いられているルートはセシル、マホジョの選んだ第5ルートであった。
「うぐっ……こ、コイツ……」
膝をついて出血と共に潰された片目を押さえながらマホジョは呼吸を乱しており、その背後ではセシルが腹部にナイフが突き刺さった状態でぐったりと倒れていた。
「セシルちゃん……!」
残っている片目でセシルの様子を伺うがかなり不味い状態であった。
彼女のナイフが刺されている箇所はかなり悪いらしく血が止まる気配がない。しかも突き刺さっているナイフには猛毒が塗られておりこのままでは本当に彼女は死んでしまう。
絶望的な状況にどうにか起死回生の道を模索していると目の前の相手、ピーリー・メゲルトは軽い口調で話し掛けて来た。
「いやー満身創痍って感じですね~☆ セシルちゃんは早く解毒と手当を急がなくていいのかにゃ?」
「うる…さいわね……」
失った半分の視界に映り込むピーリーの軽口に対して憎々し気にマホジョは下唇を噛みながら立ち上がり魔杖を構えた。
一体この第5ルートではどのような戦闘が繰り広げられたのか、時間は少し巻き戻る。
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