見えない斬撃
見苦しい言い訳を繰り返していた母親があまりにも腹立たしく感情を荒げて逃げ出したウルフ。
今のボロボロの状態の自分の姿を誰にも見せたくなく人気の無い村の端の方まで走って来た。そのまま荒い呼吸を繰り返しながらウルフは未だに零れ落ちる涙を拭う。
「どうして…どうして今になってあんな母親らしいセリフを口にするのよ。あんな後悔に塗れた謝罪をされて私は一体どうしたら良いの?」
まるで頭の中に手を突っ込まれてかき回されたような感覚に襲われて吐き気すら込み上げて来た。
こんな苦しい思いをするなら謝ってほしくなんてなかった。明日にはこの村を出ていたんだから知らないふりを決め込んで欲しかった。どうして声何て掛けてきたの……。
「私…いつまで過去に縛られなきゃならないのかな……」
こんな自分にも心を許せる仲間や彼氏まで出来てこれから楽しくなると思っていた。それなのにまたしても自分の過去が足を引っ張って来る。
「(……こんな調子じゃいけない。明日にはあの【ディアブロ】支部のアジトに突入するのに今のメンタルじゃ絶対に足を引っ張ってしまう)」
この村で母と遭遇した事は自分個人のアクシデントだ。そのショックを明日以降も引きずり続けると冗談抜きで明日の戦いでは命を落としかねない。それどころか自分が足手纏いとなり仲間達にまで被害が及び、下手をしたら自分から発生した被害が波及して全滅だってあり得る。何しろ相手はあの巨大闇ギルドである【ディアブロ】なのだから。
いつまでもくよくよしてちゃいけない! あの人のことはもう頭の中から追い出すんだ!!
不安定に揺れ動いている自分の心を安定させようと力強く自身の頬を叩いて渇を入れる。そして本当に偶然だがこの行為がウルフの命を繋げる事となった。
両頬を叩き痺れるような刺激で意識が覚醒したウルフは今までと違い神経が尖った状態となっていた。そのおかげで微かに自分へと向けられる〝殺気〟に気付いて反応できたのだ。
「ッ!?」
それはまさに紙一重での回避成功であった。
自分に殺意が向いていると理解したと同時にウルフは大きく後方へと跳躍していた。そのコンマ数秒後に今まで彼女の立っていた場所に巨大な鎌が突き刺さったのだ。
「驚いたわね。今の不意打ちで確実に脳天を串刺しに出来ると思っていたのに。さすがは亜人、野生の勘が働いたと言う事かしら?」
「いやー今のはキリシャちゃんのミスじゃないの? 攻撃の瞬間にほーんのちょっぴりだけど殺気漏れてたよ☆」
ウルフの前に現れたのは2人の女性であった。
だが一目見るだけでウルフは二人が真っ当な人種でない事を理解した。最初に命を断とうとしてきた不意打ちを抜きにしてもこの二人から漂う気配はあまりにも禍々しかった。
瞬時にこの二人が【ディアブロ】の人間である事を悟ったウルフは内心でかなり焦っていた。
「(ど、どうしよう。戦おうにも肝心の武器が手元にない…!)」
本来なら即座に弓を構えて迎撃の姿勢を取るところであるが今の彼女は弓を置いてきている。まさかこの村に再度【ディアブロ】からのアタックがあるとは思いもしなかった。かと言って素手で立ち向かっても勝機はないだろう。
「(とにかく武器が無ければ話にならない! それに仲間達や村の人達にも早く報告を……)」
「逃がさないわよ」
武器を持っていない今の自分では太刀打ちできないと瞬時に戦力差を悟りウルフはこの場から逃げを選択する。だがウルフが足を動かすと同時にキリシャは鎌をその場で一閃させる。何もない空間に勢いよく鎌を空振りする彼女に怪訝な眼を向けながらその場から離れようとするウルフだが、コンマ数秒後の次の瞬間に背筋が凍り付く。
それは狼族の持つ野生の勘とでも言おうか。頭の中で自分の両脚が吹き飛ぶイメージ映像が見えたウルフはその場から横へと飛び跳ねて回避を取る。その直後にウルフの左脚が見えない何かに切り裂かれて鮮血が舞った。
「あがぐっ!?」
まるで見えない斬撃でも受けたかのように脚が鋭利な何かで切り裂かれてその場でウルフは転げまわる。直前にその場から飛びのいていたお陰で脚は切断されてはいないが左脚から出血が止まらない上に脚が動いてくれない。恐らくは神経や骨まで切断されてしまっているのだろう。
「(いぐっ……一体私はどういう攻撃を受けたと言うの?)」
「改めて言うけど本当に驚いたわね。初見で私のこの攻撃の致命傷を避けるだなんて亜人の勘は侮りがたいわね」
どうやらあの大鎌を持っているキリシャが何かしらの攻撃を繰り出したのだろうが何をされたのか理解できない。彼女は自分に向かって鎌を振っていたが完全な空振り、どう見ても斬撃が届く距離ではなかった。だが自分のこの脚に付いている傷は鋭利な物で切り裂かれたような跡だ。
何とかダメージを受けた原因を分析しようとするが相手は律儀に待ってくれない。またしてもキリシャはその場で鎌を大振りする。
どういう理屈かは分からないが先ほどもあの鎌を振るうと同時に自分の脚が切り裂かれた。もしこの脚の斬撃があの鎌で付けられたものだとしたら……。
「う、ああああ!?」
残っている片脚で踏ん張ってその場から右後方に体勢を崩しながらも回避を取る。その直後に彼女の今まで居た地面が大きく裂けた。まるでその部分に巨大な刃が斬り込まれたかのようにだ。
「今度は完全に避けたわね。もうカラクリに気が付いたのかしら?」
「こ…この地面の裂けた跡、それに私の脚の傷と言いあの鎌で傷を付けたってこと? だとするならこの魔法の正体は……」
「残念ながら魔法ではないわ。この攻撃は私の〝スキル〟よ」
そう言うとキリシャは連続でウルフ目掛けて鎌をその場で空振りした。今までの単発攻撃でなく連続で鎌を振るう姿にウルフは顔が青ざめる。
攻撃の正体を見抜いて何とか動こうとするウルフであるが片脚が動かない為に機敏な動きは封じられている。
「(ま、不味い! このままだと私は全身が切り刻まれて……!?)」
絶対に回避が間に合わないと悟りせめてもの抵抗で両手をクロスして顔と心臓部だけを守ろうと身構える。その直後に耳に届いたのは肉や骨を切り裂く生々しい音。だがどういう訳か体を切り裂く音は耳に入って来たが痛みが生じる気配は無かった。
「な…ど、どうして……?」
顔を覆っている腕をどかした目に飛び込んで来た光景にウルフは愕然とする。
何故なら彼女の視界に飛び込んできた光景、それは我が身を守ろうと血濡れの姿で覆いかぶさる母が映り込んでいたのだから……。
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