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再び忍び寄る【ディアブロ】の毒牙


 「あなたは……」


 その場で膝をついて泣いていた自分に声を掛けてきた人物を見て少しウルフの母は戸惑った。

 それはこの村の窮地を圧倒的な力で救ってくれた少年。そして彼は自分の娘とも仲睦まじげに話をしていた。


 「(だとしたらあの娘は彼にも全て話しているのでしょうね。この村に自分の母である私が居て、そして私にどんな酷い扱いを受けたのかを……)」


 彼はきっと自分を糾弾する為にこうして目の前に姿を現したのだろう。勿論だが自分は反論する資格など無ければ、そもそもする材料もない。ここで彼が罵詈雑言を浴びせたとしても甘んじて受け入れよう。

 

 だが彼が自分へと語り掛けて来た言葉は怒りや憎悪に満ちたものではなかった。


 「あなたの事はウルフから聞いています。過去に自分の娘に対してあなたが彼女にしたことも。だからこそ…ちゃんとあなたと話がしたい。どうしてウルフに対して謝っていたんですか?」


 他者の心を傷つけた行為に対して謝罪をする事は決しておかしな事でも珍しい事でもない。本当にごく自然の当然の行為だろう。だがあまりにも度が過ぎる行為を働いた者の中には謝罪と言う行為から〝逃げる〟者が増える。今更謝っても仕方がないと自分の中で自己完結して有耶無耶にしようとする。そして目の前で嘆いているウルフの母の罪もまたあまりにも大きすぎる。罪が大きいと言う事は恨みを抱かれる大きさも変わり、中には報復を執行される危険もある。だからこそ大きな罪を犯した者はその恐怖から〝逃げ〟へと走るのだ。


 でも…この人は逃げずに馬鹿正直に娘へと謝っていた。特に何か媚を売ることもせず堂々と謝っていた。だからこそ思う…この人は心から後悔していたからこそ娘であるウルフに頭を下げていたのではないかと。もしかして…何か事情があってウルフの前から姿を消したんじゃないかと期待してしまう。


 真っ直ぐに疑問をぶつけてくるムゲンの目を見て彼女は観念したかのように語り出す。


 「私は本来なら娘の前に顔を出す資格など無い最低な女だと言う自覚はあったの。でも……あの娘と離れてから思い知らされたの。私はずっと彼女に支えられて生きていたと言う事実に……」


 最愛の夫を失い、今まで仲良くしてくれた周りの人間からも爪弾きにされ彼女は精神的にも参っていた。やり場のない怒りは唯一ぶつけても報復の恐れの無い自身の娘だけだった。だから彼女は自分の苦しみを少しでも軽くしようと定期的に自分の中の負の感情を娘へと押し付けて楽になろうとしていた。

 誰も手を差し伸ばしてくれない状況では親として生きる事が苦しくなり、怒りを発散する以上に娘を手放す事を考える時間が増えていった。


 「追い詰められて心が病んだ私は親の責務すら放棄してしまった。私は…娘を奴隷商へと押し付けて逃げ出したわ」


 その言葉が耳に入り込んでムゲンは思わず拳を固く握りしめていた。もしも相手が男ならば怒りに任せて殴り飛ばしていたことだろう。

 直接手を出す事は何とか食いしばり堪えたが、口までは閉じている事は出来ず彼女の受けた苦しみを教えてやった。


 「あなたが彼女を奴隷として手放したせいでウルフは酷い差別をするパーティーに取り込まれてしまった。そこで身も心も彼女は何度も踏みにじられて俺が最初に会った時は心は死ぬ寸前だった」


 「………」


 自分のせいで娘が苦しい道を歩むことが強いられた、その事実を口にされて彼女はまた涙を流す。

 だがここで言葉を止めて語り終える事をムゲンは許さない。最後まできっちり話し通してもらう。泣いている彼女にあえて慰めを掛けず続きを促した。

 

 「ウルフが居なくなって最初は肩の荷が下りた気がしたの。でも…すぐに気が付いたのよ。私は自分の最後の味方を自分で手放したことに。私にどんな理不尽な怒りをぶつけられても彼女は折れずに支え続けてくれていた。本当の意味で独りぼっちになって私は娘が居たから辛うじて完全に壊れずに済んだんだと思い知った……」


 もう自分を労わってくれる娘は居ない、もう自分と会話をしてくれる娘は居ない、村からも追い出され当てもない状態で独りとなって毎日を過ごす彼女は日に日に孤独に苛まれ始めた。だがもう娘を手放してしまった自分がまた奴隷商から娘を取り戻す事は怖くもあった。もし戻れば絶対に娘から拒絶されてまた独りになる。

 それでも遂に孤独に耐え切れず彼女は娘を売りに出した奴隷店へと戻った。だが時すでに遅し、娘はもう他の誰かの手に渡ってしまっていた。


 「それからは毎日を無気力に過ごしていた。仕事をする気にもなれず、かといって生きていく為には仕方がないと言い訳をして生活費を稼ぐために悪い男にも弄ばれ続けたわ。やがては人の居る場所で生活するのも苦しくなりどこか誰も居ない場所で楽になろうかと放浪していたわ」


 雀の涙ほどしかない金銭を握りしめ何一つ目的もなく歩き続けた。そして途中どこかで身投げでもしようと思っていた。だが偶然にもこの狼族の村を見つけた。そしてその村は自分と同じく大勢の者達から迫害を受けていた同族、気が付けばこの村に腰を下ろして無駄に生き続けていた。


 「残りの人生をこの村で過ごそうと思っていたわ。でもその村に娘がやって来た。頭の中が真っ白になって、また娘に会えて謝りたいと言う想いと、彼女から逃げ出したいと言う想いが葛藤してぐちゃぐちゃになっていた。でも…気が付いたら自分から声を掛けて謝っていたの。ふふ…もう、何もかもが手遅れだと言うのに滑稽よね……」


 乾いた笑い声を出して壊れたような笑みを浮かべる彼女に対してムゲンはしばし無言だった。そして色々と頭の中で考えた結果、彼の口から出て来た言葉はこれだった。


 「もう一度、ウルフに今の話をした上で謝って来てください。ただ申し訳ないと言うだけじゃなく、自分の犯した罪を今の様に1つ1つ話したうえで謝ってください。それが……あなたがすべきことだと俺は思います」


 今の彼女は自分の罪を自覚して後悔している。ならば全てを告白してから正式な謝罪をすべきだ。たとえその結果ウルフが許さなかったとしてもウルフにとっても彼女にとっても一番正しい選択だとムゲンは思った。


 その言葉に対して彼女は俯いて何も言わなかった。だが自分がやるべきことを理解した彼女は立ち上がるとそのまま娘の後を追いかけだした。


 「流石にこのまま後は二人だけ、と言うのも不安だな。それとなく陰から様子を伺うか」


 この時にムゲンはこっそりと後を追うべきか否か、その選択をしばし悩み前者の追いかける方を選択した。そしてこの選択は大正解だったとすぐに彼は気付かされる。


 ムゲンとウルフの母が話し込んでいたその頃、まさかの【ディアブロ】の刺客がこの村へと再度忍び寄っていた。そして……その毒牙は母から逃げ出したウルフへと伸びていた。

 

 「とうちゃーく☆ それじゃあ後はあなたに任せても良いのかにゃキリシャちゃん?」


 「ここまで連れてきてくれてありがとうございますピーリーさん」


 ピーリーの持つ〝スキル〟によりまたしても一瞬でアジトから村へと飛んできたピーリー自身、そして彼女の連れて来たもう1人の〝スキル持ち〟の女性がこの狼族の村へと潜んでいた。

 そしてキリシャと言う名の女性は人気の無い暗がりの場所をとぼとぼと歩いているウルフを見つけると口元に小さく笑みを浮かべる。


 「ソウルサックさんには悪いですが1人1人確実に暗殺していく方が我々第5支部の未来の為ですからね。それに戦い方は各自自由にしてよいと言われていますし……まずはあのムゲン・クロイヤのパーティーメンバーである狼族の少女から――始末していきます」


 そう言うとキリシャはピーリーから離れてウルフの元へと駆け出して行った。



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