闇ギルドの命の価値観
ムゲンの目の前では戦慄の光景が広がっていた。もしも並のメンタルの人間であればこの光景を目の当たりにすれば腰を抜かし発狂するだろう。
もう完全に戦意を喪失していたアラデッドの首がいきなり切断され宙を舞い、切断された首の断面からは噴水のようにだくだくと天高く血液が四散して飛び散る。
だがムゲンは取り乱すことなく骸と化したアラデッドの真横へと目掛けて突きを放った。
彼の拳は何もない虚空へと突き出されたはず、だが彼の拳は〝見えない何か〟にがっしりと受け止められる。
「危ない危ない。危うく胴体が貫かれるところだったのね」
アラデッドの首がはね飛ばされる直前に聴こえてきた女性の声が再びムゲンの耳に聴こえてくる。それと同時にムゲンの拳を突き出している何もない虚空からいきなり黒いローブを纏った人物が出現したのだ。
謎のローブの人物はムゲンの拳を掴んでおり、自らの腹部に拳がねじ込まれるギリギリのタイミングで防いでいたらしい。
「まさかピンポイントで攻撃を繰り出されるとはかなり焦ったのね。お兄さん野生の獣並の勘の良さなのね」
漆黒のローブを纏って更には仮面を付けている為に相手の顔までは伺えないが声色から女性、それも少女であることは何となく伺える。若そうな声のハリからもしかしたら自分と年齢差はほとんどないのかもしれない。
追撃の蹴りを放つムゲンであるが謎のローブは疾風のような速度の蹴りをヒラリと躱して見せる。まるで霧のようにすり抜けるがごとく攻撃をスカされ逆にカウンターのナイフがムゲンへと伸びていく。
相手のナイフの切っ先は適格に心臓部へと突き出され、その切っ先がムゲンの胸を突いてしまう。
「いやぁムゲンさん!?」
悲鳴にも近いハルの絶叫が響き渡る。
ソルドの相手をしているソルもハルの叫喚に視線を向けて直後に叫ぶ声をあげる。
「おい大丈夫かムゲン!?」
凄まじい剣筋を捌きながらムゲンの名を叫ぶソル。
だが次の瞬間にローブの女から驚愕の声が飛び出てきた。
「いやあり得ないのね!? 何でナイフの方がへし折れてるのね!?」
ムゲンの胸を一突きしたはずのローブ女の手にあるナイフはブレード部分が完全にへし折れ地面に転がっていた。つまりは生身の肉体が鋼の刃物に打ち勝ったと言うことになる。
「いやどんな肉体してるのね!?」
今まで冷静さを醸し出していた仮面越しから思わず素直なツッコミが漏れ出る。
「あいにく才能がなくてね、体を鍛えるぐらいしかやることがなかったんだよ」
「それで生身が鋼に打ち勝てる理由にはならないのね!」
素でツッコミどころしかないセリフを返されまたしても変なテンションで反応をしてしまうローブ女であったが我に返り咳ばらいをして元の落ち着いた様子を取り戻す。
「んん……少し取り乱しすぎたのね。もう私の目的も果たした以上はここに用はないのね」
「お前の目的……さっきのアラデッドを殺す事がその目的だと言うのか?」
「そういうことなのね。私はアイツと同じ闇ギルドの【ディアブロ】の一員なのね。アイツったらここ最近表側で目立つ事ばかりして私達のギルドに不利益ばかりあたえていたのね。だからギルマスから始末を任せられたのね。私は《アサシン》の職業に就いているからうってつけと言う理由で選ばれたのね」
まるで呼吸でもするかのようにそう答える彼女の精神にムゲンは不快そうに眉根を寄せた。
仲間を殺す事が目的、そしてソレを躊躇いなく容易く実行に移す。手にかけた少女の声には一切の悲壮感は漂ってない。当たり前、そう思っているのだろう。つまり連中のギルドでは仲間殺しなんて日常的に行われているのだろう。
「(これが〝闇ギルド〟と言うやつか…)」
自分の所属している正規ギルドではとてもじゃないが考えられない事だ。たとえ自分に難癖を付けてクビにした【真紅の剣】の面々ですらここまで人道に外れた行為を働かないだろう。
ちらりとムゲンは自分のすぐ近くまで転がってきたアラデッドの生首を見つめる。別にこの男を気の毒だとは思えない。しかし仲間にあっさりと殺される様に下唇を噛み締めていた。
「もしかしてそのクズに同情でもしてるのね?」
「別にそうじゃない。だがお前たち闇ギルドのやり口が気に入らないんだよ。お前は疑問に思わないのか? たとえギルドに不利益なろうともあっさりと殺すと言う判断がなされるやり方に? この男の末路、それが明日は我が身かもしれないんだぞ?」
「……なんとも甘い考えなのね。まるでショートケーキに蜂蜜を垂らしたほどに甘いのね」
そう言うと目の前のローブの気配が完全にゼロになる。その直後にまたしても相手の姿は溶けるかのように消えていく。
「また消えた…ッ!?」
姿こそは見えないが背後から本当に些細な殺気を叩きつけられムゲンはほとんど山勘で全力の蹴りを放った。
ムゲンの放つ蹴り事態には手ごたえがなく空振りではあったが凄まじい風圧で地面から巻き上がった土煙が姿の消えたローブ女の全身に叩きつけられる。その土煙のおかげで相手の位置を把握したムゲンが全力の拳をその位置に繰り出した。
「ぐうううう!?」
ギリギリで拳を避けるローブ女だが彼女の仮面の向こう側の表情は驚嘆に彩られていた。
何しろ彼の放った拳の衝撃波は彼女の背後、無人の民家の壁を突き破りそのまま民家は崩壊してしまったのだから。
「ぐっ、完全に常軌を逸しているのね!?」
ムゲンの底知れない実力にローブ女はすぐさまこの場からの逃走を選択する。
そもそも自分の目的はアラデッドの始末であり目の前の正規ギルドの人間なんてどうでもいい。こんな見た目だけが人間のモンスター以上のモンスターの相手を馬鹿正直にする必要は皆無だ。
そう迅速な判断で切り返すと彼女の行動は迷いがなく早かった。
「これにておさらばなのね!」
ローブの中から数個の煙玉を取り出し地面へと叩きつける。
辺り一面が紫色の煙に包まれる。しかし視界が閉ざされる以上に何か不味いとムゲンの中の警鐘がけたたましく鳴り響き全力で煙の覆う範囲外へと離脱する。
実はこの時に撒かれた煙玉の中身は毒煙でありもし少量でも吸っていればたちまち命に係わるレベルだったのだ。
ギリギリで煙を吸うことなく飛びのいたお陰で無傷で済んだムゲンではあったがその表情は悔しさにまみれていた。
「くそ逃げられたか。もう気配も感じない」
煙が晴れるとそこには首と胴体が切り離された哀れな骸しかもう残っていなかった。
◇◇◇
「ぐっ……ごめんなさい!」
既に死している村人達は自分達を操っていた男が死したにもかかわらず未だに忠実に命令を全うしようとハルへ襲い掛かり続けていた。いや、忠実と言うのは語弊があるだろう。これが兵士と言うならば落第以前だ。逐一指令を出していたアラデッドが死んだことでもうこの屍達はただノロノロと真正面から向かってくるだけの人形なのだ。ただ意味なく無理やり動かされているだけ。
「……今楽にしてあげます」
良いように弄ばれているこの村の人達にこのような一方的な攻撃など惨いかもしれない。でも、それでもここで見逃すと言う選択はハルの心にはあるはずもなかった。
人としての尊厳すら踏みつけられているこの人達をここで見逃すことが優しさとは言わないだろう。もう眠らせてあげる事こそが冒険者である自分の役目のはずだ。
「上級魔法発動……<インフェルノタワー>」
彼女がそう魔法名を告げながら魔杖を村人達へと突きつけた。
彼女が魔杖を向けると村人達の足元に巨大な魔法陣が展開される。
「ごめん…なさい…」
彼女がそう謝罪を口にした次の瞬間に魔法陣から大火が一気に天へと向けて燃え盛る。
村人の全てを包み込むほどの広範囲の炎のタワー、その圧倒的な火力により中に居る村人達は肉が焼け、骨が焼け、次々と灰と化していく。
さながらその光景は地獄の業火に焼かれる罪人のように見えハルは目を逸らしてしまう。
だが目を逸らしたハルの耳には確かに聴こえたのだ。
――『ありがとう優しいお嬢さん。やっと楽になれたよ』
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