壊れ始めるモブル
村の中へと踏み込んで自分の視界に入って来た人物を見てムゲンは一瞬だが呼吸が止まりかけてしまった。何故なら狼族の村の中で暴れまわっている相手は彼にとって因縁浅からぬ男だったからだ。
「おらおら、これ以上痛い目に遭いたくなきゃ黙って大人しくしていろ!」
ムゲンの視線の先で暴れまわっているのはソウルサックに力を貸してミリアナを自分の前から奪い去って行ったあのモブルであったのだ。
「あ…あの野郎……」
一番許せぬ相手は無論のことだがミリアナの肉体を奪い去ったソウルサックである。だがあのモブルがヤツに協力しなければダンジョン内でソウルサックを仕留める事は可能だったのだ。そんな許せぬ相手が迫害を受けて傷付いているこの村の住人を更に痛めつけている。
「無駄に抵抗すんじゃねぇよ!!」
「うぎゃあ!?」
この村の狼族達も戦闘力の高い亜人の集まりだ。こんな一方的な侵略行為を働く相手に黙って従う道理など無い。それぞれが武器を持ってモブルやその周りに居る彼の引き連れている部下に抵抗を示そうとする。
「そんなしょっぱい攻撃がこのモブル様に通用するかよ!!」
モブルが持っている剣を横なぎに振るうと狼族の持つ武器はまるで豆腐の様に切断される。そのまま何人もの狼族達は肉体を切り裂かれ鮮血を撒き散らしている。
「ふざけやがって……!!」
この村の住人からは確かに癪に障る態度で煙たがられはしたが彼等は咎人でも何でもない。罪なき者達を傷つけるモブルに怒りが頂点に達したムゲンが飛び出そうとする。
だが彼が連中へと向かって行こうとする前に既に攻撃を開始していた人物が居た。
「なっ、あぶねぇ!?」
胸を切り裂かれて仰向けに倒れている村人を見せしめに殺そうとするモブルだが、凄まじい殺気に反応して紙一重で顔を横に逸らして顔面へと飛んできた攻撃を回避した。
頬を切り裂きながら飛んできたのは1本の矢であり、頬から垂れ落ちる血を拭いながらモブルは攻撃地点に視線を移動した。
「なっ、アイツは……」
移動した視線の先には怒りの表情で弓を構えている狼族の少女のウルフが立っていた。だが攻撃してきた相手よりもモブルの目に留まったのはミリアナの幼馴染であるムゲンの存在の方であった。
「(何でアイツがこの村に居やがる!? この村に何か用でもあって偶然かちあったのか?)」
だがこの狼族の村は酷い迫害を受けて余所者を拒んでいると事前に話を聞いていた。そんな村に好き好んで足を運ぶなんて考え難い。そこでモブルは気付いてしまう。この村から続く直線のルート上に第5支部のアジトが存在する事実に。
そこまでモブルの思考が進んでいる最中に引き連れて来た部下の1人がムゲン達の方へと指を差しながら驚きの声を上げる。
「ちょっと待ってよ! どうしてセシルさんが一緒に居るの!?」
他の部下もムゲン達と共に居るセシルの存在に気付いていて騒ぎ出す。
ちょっと待てよ、確かセシルってどこぞの町に暗殺任務で送り込まれている第5支部の人間の名前じゃなかったか? その女がアイツ等と一緒に居ると言う事はまさかアジトを案内している? そう言えばソウルサックのヤツがセシルって女はもう駄目だとか言っていたが……あのアマ、自分のギルドを裏切ったのか?
自分こそ表側の世界を裏切っておきながら完全に自分の事を棚に上げてセシルを睨みつけるモブルだが、それ以上に今最優先で対処しなければならない相手はあのムゲンだ。
あのダンジョン内で竜やソウルサックを相手に有利に立ち回っていた姿を見て彼の戦闘力を熟知しているモブルは即座にまともに戦えば自分に勝ち目がない事を悟り、卑劣な戦法で相手の動きを牽制する事にした。
「(ムゲンの野郎は完全な近接タイプだ。それならば近づけさせない為にこの狼共を人質に利用してやる!)」
今しがた止めを刺そうとしていた狼族の男性を盾に利用しようと手を伸ばす。
だがここで信じがたい事態が発生した。それは自分の伸ばした手が足元で倒れている狼族の男の首筋を掴むよりも先に何者かが自分の腕を掴んで止めていたのだ。
「……あん?」
自分の腕をガッシリと掴んでいる人物に目をやるとそこには今の今まで離れて様子を伺っていたムゲンが立っていた。
彼はまるで汚物でも見るかのような瞳を向けてモブルに対して低い声色で話し掛ける。
「好き放題するのもいい加減にしておけよクズが。ミリアナだけじゃなく何の罪も無い彼等まで傷つけて楽しいか?」
「おま……!?」
瞬時にムゲンの首を斬り飛ばそうと剣を振るうモブルだが次の瞬間に顔面に強い衝撃が走りぶっ飛ばされる。
放たれたムゲンの拳はモブルの顔面に深々と突き刺さり、空中には砕かれた歯と噴射する鼻血が撒き散らされる。
「いがああああああああ!?」
顔面がへこむ感触に悲鳴を上げてその場で転げまわるモブルに対してムゲンは冷酷な口調で告げる。
「お前がこの村に居たのはある意味で好都合だ。今ミリアナがどんな状態なのか話してもらうぞ」
「ふ…ふざけんな。あの女は俺の物になる予定だ。てめぇなんかに……テメェなんかにあの極上の女を渡してたまるかぁぁぁぁぁ!!!」
モブルの怒号に応えるかのように彼の持つドラゴンキラーの剣が能力を発動して彼の中の力を一気に底上げする。
自分の力が急上昇する事に一瞬だけ戸惑うモブルではあったが内側から燃えるような力の解放に口角を上げて一気にムゲンの元まで駆け出す。
だがこの時にモブルは自分の力の急激な上昇により僅かに理性を失いかけていた。だからこそ動きも単調化しており、ムゲンからすれば馬鹿正直に突っ込んで来る彼を捉えるなど訳なかった。
「大人しくしててもらうぞ」
その言葉を実証するかのように再度モブルの顔面には深々とムゲンの拳がめり込んで、そのまま彼は遥か背後に建てられている住居の壁に叩きつけられた。
この衝撃によりモブルの意識は混濁し始める。だが彼の持つドラゴンキラーの剣は所有者のダメージなど構わず更に戦闘力を引き上げる。
どこまでも己の力量を超える力の際限ない上昇は彼の意識を徐々に奪い、そして遂に痛みすらも感じなくなる。
「うがっ……はは……ははははははは!!!」
狂ったような笑い声を上げてモブルはこれまでで一番の踏み込みと共に神速の勢いでムゲンへと三度突っ込む。
「くそ、しつこいぞ」
まるでゾンビのようなモブルに流石に違和感を感じつつもムゲンは拳を放つ。だがその拳をモブルは紙一重で回避、そのままカウンターをムゲンの胴へと滑り込ませようとする。
「ぐっ、舐めるな!」
だがムゲンは刃が届くよりも先にモブルの腕を蹴り飛ばし軌道を逸らし、そのまま彼の肩へと回し蹴りを放つ。確実に肩を砕く感触が足に伝わるがそれでもモブルは止まらない。
「ケヒャヒャヒャヒャ!!!」
「ど、どうなってんだコイツ!?」
肉体にどれだけダメージを蓄積されても動きの止まらないモブルに対してムゲンは困惑しつつも彼との戦闘を繰り広げ続けるのだった。
その様子を離れた位置から観察している人間が居た。
「うわーあれがもしかして噂のムゲン君? いやー人間の肉体をあんな風にへこませるなんて亜人顔負けのパワーじゃん☆ それにしても……あのモブ男君、そろそろ壊れる寸前かにゃ?」
モブル達にこっそりと付いてきていたピーリー・メゲルトは楽し気に事の顛末を見物していたのだった。
その笑顔はとても醜悪で同じギルドの人間の敗北をまるで望んでいる様にすら見えた。
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