哀れなモブル
「くそくそくそ!! 一体いつまでソウルサックのヤツは俺を待たせれば気が済むんだよ!?」
第5支部のアジト内の通路を苛立ち気味に歩きながらモブルは愚痴を零し続けていた。
自分のお陰でソウルサックはあのムカつくムゲンから逃げられたと言うのに未だにあの喋る剣は約束を果たそうとしない。次の器が見つかるまでなどと言っているがこのまま約束を反故にする気ではないだろうか?
あの女を手にするためにトレドのギルドまで辞めたんだぞ!? ざっけんなよソウルサック!!
怒りと共に目的も無くアジト内を徘徊していると彼に声を掛けて来る人物が居た。
「随分と暇そうにしていますねモブルさん。でしたらあなたに1つ頼み事があるのですが」
声の方へと振り返るとこの支部の副支部長を務めているエルフ族のハレード・パルメスが立っていた。
「何だよ、俺に頼みって?」
この支部の支部長であるソウルサックを助けた恩義があると自覚しているからだろうか。仮にもこの支部に加入したての新人の態度とは思えない振る舞いにハレードの眉が僅かばかり吊り上がる。だが特に注意をする訳でもなく彼女は要件を淡々と彼へ伝える。
「実はこの第5支部戦力の拡大を以前より考えておりましてね。第3支部も壊滅して今は有用な人材が1人でも欲しいところです。そこでこの支部から少し離れた場所にある狼族の集落に攻め込み、そこに住む狼族を捕縛しこちらに引き入れてほしいのです。無論相手側の抵抗も考えられるのでその際には見せしめに何人かは殺しても構わないそうです」
「おいおい有用な人材ならここに居るだろ? このギルドでは新人だが元はAランク冒険者だった男だぞ俺様は」
この上なく分かりやすいドヤ顔を披露しながら自分を指差す彼を冷めた目で見つめながらハレードは〝ある武器〟を彼へと手渡した。
「支部長からの伝言です。『捕縛した狼族の中に自分に適合する者が居るならばこのミリアナを今度こそ渡しても構いません』だそうです」
「マ、マジか! よっしゃあテンション上がって来たぜ。それよりもこの剣は何だ?」
どこまでも自分の欲望に正直な目の前の男にハレードは汚い物を見るかのような眼で見つめながら手渡した武器について説明を始める。
「その剣は支部長ソウルサックと同じくドラゴンキラーの剣です。狼族の集落には部下をつけるだけでなくその剣も持っていかせろと支部長からの指示です」
「おいおいマジか! ははっ、こんないい物をくれるなんてアイツ良いところあるぜ」
最強種である竜の一部から作り出されたドラゴンキラーの剣を受け渡されてモブルのモチベーションはさらに上がる。
「既に襲撃メンバーを揃えて外で待機させています。これより部下の案内に従って集落を目指してください」
「ああ了解だ。それよりも本当にその狼族の中に相性の良い肉体の持ち主が居れば今度こそミリアナを貰えるんだろうな?」
「はい、ですので戦果を期待しています」
ハレードからしつこく確認を取ると意気揚々とモブルはその場を後にする。
残された彼女は遠ざかっていくモブルの背を眺めながら失笑を漏らしていた。
「本当に欲望を最優先にした愚かな生き物ね。その手渡されたドラゴンキラーの剣は曰く付きの代物だと言うのに……」
あの剣をモブルに持たせた時点でソウルサックは彼との約束を放棄したと同義であった。あの剣には肉体の能力をどこまでも上昇させる能力が付与されている。それだけを聞くのであれば武器としてはこの上なく一流品なのかもしれない。だがソウルサックほどではないがあの剣にも自我にも似たようなものが僅かに芽生えており、持ち主の肉体能力を限界以上に高め続ける事を強制する意思がある。
「どんな種族にも現段階で発揮可能な実力は限られている。強大な力に耐えられる肉体がまだ仕上がっていない状態で分不相応な力を引き出し続けられれば当然の事肉体はその力に耐え切れず崩壊する」
狼族の集落は中規模程度ではあるがその村の住人は全員が亜人である。戦闘となればこちら側にはそれなりの被害が出る可能性は否めない。だからこそ犠牲者は1人で済ませるためにソウルサックはあの剣をモブルへと渡した。どこまでも戦闘力を引き上げるあの剣を使えばモブル単体でもあの村を陥落できるだろう。そして最後は自らの力に押しつぶされてモブルも処理できる。部下達にはモブルの死後あの剣だけを回収するように命じてある。
「哀れですね。これが終わったら…などと言っていますがあなたはこれが最期の戦いなんですよ」
視界から消えたモブルに対してハレードが憐れみに満ちた瞳を浮かべていると背後から新たな人物がやって来た。
「あーらら、あの勘違い男君ついに今日処理される事となったんだ。いやー可哀そう☆」
現れたのは少し露出の高い服装で頬に星のタトゥーを入れた女性であった。
「微塵もそんな気持ちなどないくせによく言いますね。それで何の用ですかピーリー・メゲルト?」
「いやーちょうど退屈しててさ、私もあのモブ君の末路を見に行っても良い? それに狼族の勧誘なら実力者は多い方が楽に言う事をきかせられるじゃん☆」
「あなたは今回同行する必要はないでしょうに。それに以前の勧誘活動で死にかけた事を忘れましたか?」
「あー、あのぶつ切りで喋る蒼い髪したイケメン君のこと? いやー何だか私達と同類の臭いがしたから力づくで勧誘したら逆に殺されかけたんだよね~☆ でも今回は極力見学に専念するからお外に出してちょーだい☆」
そう言いながらピーリーは甘えたような声色で頼み込む。
「どうせダメと言っても聞かないでしょう?」
「そのとーり☆」
ウインクをしながら舌を出す彼女に対してハレードは『お好きなように』とだけ言ってその場を後にする。
そして残されたピーリーはにししっと笑いながらモブルの後をこっそりと尾行し始めるのだった。
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