ファル・ブレーンとは
無事にファル・ブレーンを退ける事に成功した【不退の歩み】の面々であるがセシルは申し訳なさそうな顔で仲間達に謝罪を述べていた。
「みんなごめんなのね。私…本当に馬鹿なことを……」
「本当だよなぁ。一緒に戦おうと誓い合って独りで勝手に消えようとするんだからなぁ」
膨れ面をしながらそう口にするカインに対してますますセシルは縮こまってしまう。
そんな彼女を見て3人が難しい表情から一気に笑いに包まれる。それにつられてしまいセシルもつい吹き出してしまう。
「でもあのイカれているSランクを引かせたのは成功したけど第5支部を壊滅させた後はどうする気なのね? 全員無事に生きて帰れたとしてもあんな約束をしてしまって……」
あのファル・ブレーンは自分のギルドを守る為ならどんな非道も働くだろう。もしも第5支部との決着がついたとしても【ファーミリ】にはもう戻れない。もしあんな取引をしておいてのこのこと【ファーミリ】に戻ればあの青年はいよいよ何をするか分からない。自分と言う存在のせいでギルド移籍の問題にまで発展した事を考えるとセシルは自分のせいでこんな事態になったと自責の念に襲われる。
そんな憂鬱な空気を纏うセシルの頭をカインが軽く小突いてやった。
「この期に及んでまた自分のせいで…なーんて考えてるのか?」
「だ、だって……」
「別に冒険者稼業を引退する訳じゃないでしょ。別ギルドへの移籍なんて珍しくもないわ。それに元々この一件に決着がついた後、3人で他のギルドの移籍をするかどうか考えていたのよ」
ホルンの口から出て来た衝撃の発言にセシルが思わず勢いよくカインへと顔を向けた。
実はセシルにはまだ内密にしていたが仮に第5支部を壊滅させたとしても【ディアブロ】と言う組織は健在なのだ。【ファーミリ】に所属している以上は本部から離反したセシルに対して新たな刺客がギルドに送られる危険もある。だからこそ別ギルドに移籍して行方をくらますのはどうだろうと言う結論に至ったのだ。とは言えまだあくまで仮定の話であり決定事項ではなかったのでセシルには黙っていたのだ。だが【ディアブロ】以上に危険なギルド至上の思想を持つファル・ブレーンの存在を知り別ギルドへの移籍を決定したのだ。
まさか自分の為に移籍まで考えていた事を知りまたセシルの瞳からは涙が零れる。そんな彼女をマホジョが自分に抱き寄せると子供をあやすかのように穏やかに語り掛ける。
「別ギルドへの移籍なんて大した問題ではないわよ。この4人で居ることが大事なんだから、泣き虫ちゃん?」
「ぐっ、こっち見るななのね!?」
まるで小さな子供を泣き止ませるかのようなマホジョの振る舞いにセシルは恥ずかしくなり思わず照れ隠し気味に彼女の足を軽く踏みつけた。
「痛ったいわねこの泣き虫!」
「うるさいのね若作り魔女!!」
「なっ、まだ私は二十代前半よ!!」
売り言葉に買い言葉となって二人は互いに頬や髪を引っ張り合い子供じみた喧嘩をはじめてしまう。その光景にホルンが呆れ果てカインが爆笑する。
いつしかセシルの中にあった罪悪感は3人のお陰で有耶無耶となっていたのだった。
◇◇◇
予想外の乱入者の登場によって殺害の失敗をしてしまったファルは深夜の街中を意味も無く徘徊していた。
歩を進ませながらも彼の頭の中では先程のカインの言葉が繰り返し反響していた。
――『ソロで冒険者やっていて同じギルドの人間を殺そうとするテメェには理解できないだろうな』
彼が自分へと浴びせたこの言葉をファルは本気で意味不明だと思っていた。いや、もっと言うのであればカイン達の様にパーティーを組んで活動を行う連中の心など彼には微塵も理解できない心理であった。
少なくとも自分は群れて戦う連中は弱者の証であると『教わって』生きて来たのだから。
この少年、ファル・ブレーンは幼いころから一般常識とはかけ離れた教育を自らの父に施されていた。
『いいかファル・ブレーン。お前には我と全く同じ名を与えるがその理由、これはお前を息子としてだけではなく我の分身としても扱う為だ。この我の肉体の一部から作り出したその剣とその名を持つお前は自身の強さを証明し続けろ!! 我はもう間もなくこの命が尽きる。だがお前の中に我の血が混じっているのならば我の魂は朽ちはしない! この我の意志を継いでその中に宿す〝竜〟の力を証明し続けろ!! 自らの縄張りと定めた場所を荒らす者は例え何者だろうと殺してでも守り切れ!! 強さと居場所、その2つだけを守る事を考えて生きろ!! 他は蔑ろにしても構わん!!』
まだ自身の縄張りと定めた【ファーミリ】に所属する前の頃だ、この世界でもっとも最強の種と呼ばれる竜である父は何度も自分にそう言い聞かせてきた。
群れを作る連中は脆弱な証であり、自分の縄張りを守り切れない者はそれ以下のカスであると。たとえどんな手段を用いても自らの縄張りを守る為ならば殺しすらも正当化されると自分は父から教わった。
『我が人間の女に子を産ませた理由は我の血を絶やさない為だ。その誇り高き血を穢すことなく強さと居場所の二つだけは守り切れ。それだけがお前の存在価値だと自覚しろ!』
もう母の顔をファルは一ミリも憶えてなどいなかった。何しろ自分を産み落とすと同時に父によって『食い殺されて』しまったのだから記憶に残っている訳がない。
最強種である竜である父親が自分と言う命をこの世に誕生させた理由は生まれて来る我が子を愛でたかったわけではない。竜同士による死闘、その戦いで勝利をもぎ取るも不覚を取って取り返しのつかない致命傷を父は負ってしまったらしい。そうしてもう先が長くなかった父はただ自分の血を絶やしたくなかっただけだった。弱り切った父は他の竜に子を産ませるように強制させる力すら残っておらず、だからこそ脆弱な人間を捕まえ自分を産ませる為に利用した。
愛情と言うものを一切与えられず、それどころか父は自分の強者ゆえの傲慢な考えだけを彼に植え付けて半ば洗脳した。お前は自分の血を絶やさない為の道具だと父に毎日の様に言われファルもまたそれを受け入れた。いや、それ以外の事の自分の在り方を受け入れる自由など彼になかった。
父である竜が死んだ後でもファルは刷り込まれ続けた同じ名を持つ父の洗脳から抜け出れずにその言葉をまっとうとしている。
孤高の戦士であるファル・ブレーン、周りから向けられる羨望も嫉妬も恐怖も彼にとっては等しく無価値であり心底どうでも良かった。
ただ自分の〝テリトリー〟さえ守れるなら自分の評価など二の次三の次、彼は産まれてこのかた感情を表に出して本当の自分を曝け出したことはなかった。いや……もしかしたら父の洗脳によってもう感情すら失われているのかもしれない。
自らの心無き青年は感情を悟らせない表情のまま夜の街を徘徊し続ける。果たして今、彼は何を思っているのだろうか?
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