マホジョからの取引
自分の窮地を救ってくれた人物達を見てセシルは涙が零れるのを堪え切れなかった。
「ど…どうして……?」
どうしてあなた達がこの場に居るの? こんな闇の世界で汚い事を沢山してきた汚らわしい私の為にまるで盾となって守ってくれるの? そんな事をされたら……せっかく1人で宿を出て覚悟を決めたと言うのに……未練が残ってしまうじゃない。
涙でぼやける視界の先に映っている【不退の歩み】の3人を見つめてセシルは嗚咽を漏らす。
自分の背で泣いている仲間の姿を見てカインは剣を構えながらファルへと怒気を叩きつける。
「俺の仲間に何してんだよテメェ…」
あと一歩、自分達が駆け寄る事が遅れていれば今頃セシルは殺されていただろう。
それにしてもどうしてセシルのピンチにタイミングよく駆けつける事が出来たか? それはマホジョが仕込んでおいた魔法によるお陰であった。実は明日に備えて各自が準備に勤しんでいる時にセシルの荷物にちょっとした魔法を仕掛けておいたのだ。いわゆる対象者を追跡するタイプのものであり彼女の荷物にマホジョがマーキングをしておりその荷物が一定の位置まで離れると魔法を仕掛けたマホジョ本人に伝達される魔法だ。
「まったく…カインの指示に従っておいて正解だったわ。もしかしたら私達に気を使ってあなたが黙って出ていく事を彼が想定していたからこの魔法を仕込んでおいたのよ」
ホルンが少し怒りを滲ませた表情を呆けているセシルに向ける。そしてそのまま彼女は涙で頬を濡らしている彼女に容赦のない平手打ちをかましてやった。
「こんなやり方で守ってもらって私達が喜ぶと思ったのかしら!?」
この場にはまだ殺気に満ちているファル・ブレーンが身構えているにも関わらずホルンはセシルを叱りつけてやった。平手打ちをされて呆然としている彼女の胸ぐらを掴んで引き寄せながらホルンは身勝手すぎる行動を働いた〝仲間〟を咎め続ける。
「私もカインもマホジョもみんな戦う決心をしていたはずよ! それなのにあなたは自分だけで決着を付けようとした!! あなたにとってはこの行動は美徳だったのかもしれないけど私達にとっては立派な裏切り行為よ!!」
「で、でも…私の戦いにあなた達を巻き込みたくなかったのね」
その言葉に対してもう1発ホルンは加減抜きのビンタをお見舞いした。
「自己犠牲の精神を仲間の為の行いだと思うな!!」
そう言いながらホルンは感情が塞き止め切れず気が付けばセシルと同じく熱い雫が瞳から落ちていた。
もしも【真紅の剣】時代の自分ならばこんな感情的になる事はなかっただろう。だがムゲンに許され、カインに救われ、そして本当に心の許せる仲間と一緒に歩き続けた今の彼女は仲間を失う事を何よりも怖れた。
「あなたが私達に生きていて欲しいと願うように私達だってあなたに生きて欲しい! この先も私達と一緒に同じパーティーの〝仲間〟として隣に立って笑っていて欲しい! あなたに危険が迫っているのならあなただけで解決しないで! 仲間であるあなたの危機は私達3人の危機でもあるの!!」
これまで聞いたこともないような感情をむき出しにして涙交じりに叫ぶホルンの言葉にセシルは我に返った。
「(私は自分が犠牲になれば仲間達を救えると信じていたのね。でも…もし私が逆の立場だとしたら? もしホルンが、カインが、マホジョが自己犠牲で私を助けようとしていたとしたら私は受け入れられたのね?)」
その答えはNOに決まっている。自分の為に見知らぬ場所で仲間が死んだ事実を知ったら悲しみと、そして何より怒りを感じるだろう。どうして自分だけで解決しようとしたんだと。どうして仲間を頼らなかったのだと。
「ご、ごめんなさぃ~……うああ……」
仲間を傷つけない為にと思って取った自分の行動が恥ずべきものだと理解したセシルはホルンの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
その様子をファルは心底下らないと言った感じで見つめていた。
「とんだ、茶番劇、ウザいだけ」
「はん、ソロで冒険者やっていて同じギルドの人間を殺そうとするテメェには理解できないだろうな」
そう言いながらカインは侮蔑の籠った視線をファルへと向ける。だがファルは自分に向けられる軽蔑の眼差しなどお構いなしに新たにこの場にやって来たカイン達にまで殺意を向ける。
「闇ギルドのクズ、それを庇う、お前達、同罪、ここで死ね」
「まともに話し合いが通じる相手じゃないようだな」
どうやら目の前の殺人鬼はセシルだけでなく彼女に味方をする自分達も抹殺対象に加えた様だ。仮にも同じギルドの人間をこうまで淡々と処理しようとするだなんてどんな精神をしているのだろうか。
ゆっくりとこちらへ近づいてくるファルを迎え撃とうとカインが構えたその時であった。
「随分と心の狭い坊やがいたものねぇ。闇ギルドから足を洗おうとしている女の子を問答無用で殺そうだなんて畜生と変わらないわよ? 本能だけでなく理性を兼ね備えている人間ならもう少し穏便に見てほしいわね」
まるでおちょくるかの様な口調でファルに話しかけたのはマホジョであった。
「自分のギルドにとって不利益となる事には冷酷な判断を下す。以前からあなたのそんな噂は聞いていたけどまさか仲間殺しまでやってのけるとは。この分だとこれまでも【ファーミリ】の冒険者が今回の様に闇夜の中であなたに殺されてきたのかしら?」
このファル・ブレーンと言う冒険者は優秀であると同時に黒い噂もいくつかギルド内で囁かれていた。それはギルドにとって不利益を与える冒険者を陰で殺害して来たと言うかなり物騒なものだ。だが決定的な証拠が何もないためにギルドマスターであるロンブも見過ごしていたらしい。正直ロンブは人格者だと思うがこの時ばかりはマホジョも彼のお人よし加減に呆れていた。こんな怪物を放置し続けていたなんて間抜けすぎると。
「死人、口なし、4人全員、処理する」
そう言いながら今にもこちらに飛び掛かりそうなファルに対してマホジョが少し声を大きくして脅しをかける。
「本当にこの場で私達を殺そうとしてもいいのかしら? 当たり前だけど私達は抵抗するわよ。それにいくら夜の街とは言え私が大火力の魔法を辺り一帯無差別に放てばさすがに近隣の寝静まった住人達だって何事かと飛び起きるわよ? こんな場面を見られたらあなたにとっても不味いんじゃないかしらぁ?」
その警告に対してファルの飛び出し掛けていた動きが抑制される。
これまでファル・ブレーンは同じギルドの人間を何人も葬って来た。それは快楽を求める為でなく自分の所属しているギルドの評判を守り通す為だ。自分の〝縄張り〟である【ファーミリ】に泥を塗る輩を何人も始末して来た彼だがその犯行現場は誰にも見られないように細心の注意を払い続けて来た。だからこそマホジョのこの牽制を込めた脅し文句は中々に効果的であった。
「ねえファル・ブレーン、ここは私達と取引をしない?」
「……何?」
「あなたがセシルを殺そうとするのは自分の居場所であるギルドの為なのよね? それなら私達【不退の歩み】が別ギルドに移籍するのであればあなたもセシルの殺害に拘らなくてもいいはずよね? 私達を見逃すと言う選択を選んでくれるのなら私達もあなたの今回の件は『ギルドマスター』には黙っておいてあげる」
これはマホジョにとっても一種の賭けであった。自身のギルドの不利益を防ぐために彼が手を汚しているのならば【不退の歩み】が無関係のギルドに移籍してしまえば彼がセシルを狙う理由もなくなると思ったのだ。
「ちょ、ちょっと何を言っているのねマホジョ!?」
当然だがマホジョのこの提示した条件にセシルが反発しようとするが何故かホルンが彼女の口を手でふさいで強制的に黙らせた。リーダーであるカインも特に口を挟む様子も無く事の成り行きを見守っている。
しばし両者が無言のまま睨み合い続ける。その緊張感にマホジョ達からは嫌な汗が垂れ落ちる。
「……金輪際、【ファーミリ】、近づくな。それが、見逃す条件」
「交渉成立で良いのよね? ありがとう、お返しに今日のこの場での出来事は私達も『ギルドマスター』には黙っておいてあげる」
ウインクをしながらそう言葉を投げかけるマホジョに対してファルは何も言わず闇の中へとそのまま姿をくらましたのだった。
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