駆けつけてくれたのは……
まるで足元が爆発したかのような衝撃と共にファルは一気にセシルへと向かって行く。そのまま閃光の様な斬撃がセシルの首へと一気に向かって行く。
だが闇ギルドで何度も命の危機に瀕する戦いを経験し、生き残って来た彼女の観察眼は一流だ。剣を振るう腕の動きを見て攻撃の軌道を見切り紙一重で躱して見せる。
「(ぐっ、コイツ本気で殺しにかかって来ているのね!)」
何の躊躇も無く命を奪いにかかるファルに対してセシルの背中に冷たいものが走って行った。
相手がもしも【ディアブロ】からの刺客ならばそこまで動揺する事もなかっただろう。だが仮にも表側の世界の住人がこうまで平然とした顔で人の命を奪いにかかるとは……。
「一太刀避けただけ、次がある」
「うぐっ!?」
腰に差していた剣を抜き取ると喉に飛び込んで来る突きを剣の腹で受け止める。だがその一撃は強烈でありセシルの持つ剣は一撃でへし折れてしまう。突きの衝撃によって吹き飛んだ彼女は瞬時に2本のナイフを抜き取ると空中で軽やかに回転して体勢を整える。
これまで【不退の歩み】では自身を《剣士》と偽っていた彼女であるが本来の職業は《アサシン》であり、仮初の戦法では勝ち目がないと瞬時に判断した。
しかし武器を構えたと言っても相手は【ディアブロ】の人間ではなく表側の世界の住人だ。だからこそセシルはどうにか相手に止まって欲しいと訴える。
「出来る事なら争いたくはないのね。ここで引いて……」
だが彼女の言葉は空しく無視され再度ファルが突っ込んで来た。
「……仕方がないのね」
本音を言うのであればカイン達と同じギルドの人間を傷つけたくなかった。だがこのまま受け身の姿勢では自分は間違いなく殺されてしまうだろう。どうせ死ぬのならばせめて【ディアブロ】の連中に一泡吹かせてから死んで行きたい。やむを得ずこちらからも積極的に攻撃へと転じる事を決断した。
迫りくるファルが自分の間合いに踏み込むと同時、セシルは特殊な魔法を自身の肉体へとかける。
「ッ……消えた?」
今度こそ両断しようとしていたファルだが目の前でセシルの姿が消えたことで反射的に急ブレーキをかけた。
「この魔法、<ステルス>、厄介」
自らの肉体を風景と同化して姿を隠す魔法<ステルス>。この魔法は暗殺を得意とする職業である《アサシン》と言えども簡単に習得できる魔法ではない。実際に彼女の所属している第5支部には他にも数人の《アサシン》が居るが誰もこの高難度の魔法を習得出来てはいない。そこにセシルの持つ気配遮断の技術も加わればこの魔法1つで格上の相手だって殺せる。
とは言え今回は殺害が目的でなく相手に自分の追跡を諦めさせる事が目的である。そこでセシルは脚を傷つけて自分を尾行し続ける事が不可能な状態にしようと考えていた。
「(少し良心が痛むけど正当防衛なのね!)」
決して命を取らないようにと脚部にナイフを突き刺そうとするセシルだが、何とファルの脚に突き立てたナイフは刺さらずそのまま彼の脚の皮膚に弾かれてしまう。
「なっ!?」
「見つけた、そこ」
人体の皮膚によって自身のナイフの刃先が欠けた事によりセシルに大きく動揺が走る。
まさかあのムゲン以外にもこんな馬鹿げた肉体を持つ者が居るとは思わず予想外の事態に精神が乱れてしまう。しかも攻撃をしたことにより今の一撃で彼女の位置は特定されてしまった。
完璧に位置を捉えてしまったファルの斬撃をもう片方のナイフで何とか防ぐも、流れるように繰り出される蹴りによって彼女の側頭部に蹴りが入ってしまう。
い…意識が…飛びかけて……これかなりヤバいのね……。
Sランクの冒険者が放つ蹴り技は一般人のものとは比較にすらならない。しかもファルは純粋な身体能力を駆使して戦う《剣士》タイプだ。肉体の作り込みも《魔法使い》などよりも遥かに上だ。
ただの蹴りの一撃でも当たり所が悪くセシルの視界がチカチカとして意識が朦朧とする。当然だがそんな状態では肉体にかけていた<ステルス>の魔法も維持できず姿が露となってしまう。
「トドメ、これで、もう死ね」
その場で仰向けで倒れてしまう彼女へとファルは慈悲の一片も与えず心臓を一突きにしてやろうとする。
意識が混濁しているせいかセシルは自分の心臓に振り下ろされる凶刃をまるで他人事のように見ていた。いや、人知れず夜の街でひっそりと死にゆく、これはこれで仲間達に迷惑を掛けずにすむと安堵していたのかもしれない。
「(みんな……さようならなのね……)」
凶刃に貫かれる直前にセシルの脳裏に浮かんだのは仲間達と一緒に冒険をしていた時の輝かしい光景だった。
だがファルの突き刺そうとした凶刃がセシルの胸を貫くことはなかった。
「ソイツに手を出すなぁ!」
背後から怒声と共に魔法による炎の弾丸がファル目掛けて撃ち込まれてきたのだ。
あと一歩で止めを刺せれる直前だったがこのままでは魔法の直撃を喰らう。そう判断したファルは刃をセシルに食い込ませる一歩手前でその場から大きく飛びのいて炎による弾丸を回避する方を選んだ。
そしてファルがセシルから離れると入れ替わる様に3人の人物が彼女を守る様に目の前に現れた。
「ど…どうして……?」
自分の窮地を救ってくれた人物達を見てセシルは自らの目頭が熱くなるのを我慢できなかった。
今にも泣きだしそうな彼女の前に立っていたのは別れを決心したはずの【不退の歩み】の3人だったのだから。
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