夜の街での襲撃
ムゲン達が明日に備えて準備をしていたその頃、セシル達の方も自分達と同様に明日の準備を終えていた。当然だがいつものように無駄に夜更かしなどもせずにすぐに床に就いて明日の為に今日の疲労を残そうとはしない。
そして皆が寝静まった頃、セシルはこっそりと宿を抜け出していた。
「よいしょ……ふぅ、何とか気付かれずに宿の外に出れたのね」
何故こんな形でセシルが宿を抜け出したのか、それは彼女が一人で決着を付けに行く為であった。
「(カイン達を巻き込みたくはないのね。ごめんなさい3人共、一緒に戦ってくれると決起してくれたのにこんな風に独りで勝手にアジトへと向かう私を許してほしいのね)」
自分の為に3人は危険を承知の上で第5支部まで乗り込んでくれると即決してくれた。その自分を想う心はとても嬉しかった。だがだからこそセシルはこの問題に彼等を巻き込みたくなかった。このまま何も告げずにこっそりとアジトに向かえば仲間達は支部の場所が分からない以上は乗り込むことも出来ない。つまりは第5支部と戦争を起こしようがない。
ただこの方法を取るとあのムゲンには申し訳ない事をしてしまう事になるのは心苦しいのね。
当然だがムゲンだってアジトの詳しい場所など一切知らない。つまり自分がここで何も言わず町を出ると言う事は彼は幼馴染を救う手立てを失うと言う事になる。だが、それでもセシルは大事な仲間を守る事を優先的に考えてしまう。
もうやり直しなど利かないほどにドロドロに汚れた自分を笑顔で受け入れてくれたカイン達を誰一人として失いたくない。その事こそがセシルにとって何よりも優先される事なのだ。
宿を出てこのまま町を出ようと歩み出そうとするセシル、最後に皆が寝静まっている宿を振り返り別れを告げる。
「今までありがとうなのね。カイン、ホルン、マホジョ、あなた達に出会えた事は私にとって宝なのね」
最後の別れを告げてそのまま誰も出歩いていない街中を歩き続ける。街灯の灯りに照らされる薄暗い街中を歩ていると背後から気配を感じ取った。
……誰かが後を付けているのね。それにこの気配…ただの素人ではないのね。
基本的に出歩く者が少ないこの時間帯でも夜の街中を出歩く者が決して居ない訳ではない。だがセシルは背後から尾行をしている相手がただの一般人でない事は瞬時に察知できた。何しろ気配の察知を得意とする自分が10メートル近くに接近されるまで気が付かなかった。それに一般人ならば不自然に気配が出現する訳もない。
「……いい加減に出てくるのね。もう尾行はバレているのね」
下手に気付かないフリをするよりも堂々と尾行者へと声掛けをするセシル。もし相手が自分を始末する為の【ディアブロ】からの刺客だとしたら背中を見せ続けるのは得策ではないと判断したからだ。
セシルが尾行者へと言葉を投げ掛けると尾行者の空気に殺意が混じり出す。そしてその人物はゆっくりと暗闇の中から街灯の明かりに照らされながら姿を現した。
「あ、あなたは……」
闇の中から出て来た相手はまさかの人物であった。
「どうしてあなたがこんな時間帯にこの場所に……」
予想外の人物の登場にセシルは怪訝な表情を目の前の相手――ファル・ブレーンに向けるのであった。
ギルド内でムゲン達のパーティーである【黒の救世主】と同様にSランクの称号を持つ最強のソロ冒険者の登場にセシルは何が目的なのかを問う。この時間帯、しかも自分を尾行し続けていた事を考えると深夜の散歩と言う事はないだろう。何より……彼は今もなお刺す様な殺気を向け続けているのだ。
向けられる問いに対してファルは無言でゆっくりと自らの髪色と同じ蒼い剣を抜いて淡々と告げる。
「ずっと待っていた。お前、人気がない、夜の街、出歩くの」
「なっ、何の真似なのね!?」
殺気を向けられている時点で嫌な予感はしていたがまさか堂々と武器を構えるとは思わずさすがにセシルにも焦りが浮かぶ。
「以前から思っていた。お前、どこか怪しいと。そして昨日、言っていた、自分が【ディアブロ】の一員だと」
「(こ、コイツ…昨日の私達の会話を盗み聞いていた!?)」
昨日の夜に人気の無い場所で仲間達に自分の正体を明かしていた時、どうやらこの男は自分と仲間の会話を盗み聞きしていたらしい。仲間達に真実を打ち明ける事ばかりが頭の中を占めていたあまり完全に陰から自分を探っていたこの男の存在に気が付かなかった。いや、そもそも一体いつからこの男は自分を怪しんで探りを入れていた? 今の今までずっと調査をされていた事にすら気が付かなかった。
「(あれ、でもおかしいのね。もしずっと私を探り続けていたと言うのなら何で今回に限って私はコイツの接近に気付けたのね?)」
この瞬間まで自分はファル・ブレーンにずっと睨まれていた事に気付いてすらいなかった。それなのに今回に限って何故自分はコイツの接近を察知できた? まさか……わざと殺気を隠さず近づいてきた?
セシルの予想は見事に大正解であった。彼女が気付いていないだけでファルはずっと以前から彼女を怪しんでおり度々彼女の正体を探ろうと動いていた。だが気配の消し方が《アサシン》である彼女以上に巧みであったために気が付けなかったのだ。ではどうして今回に限ってセシルはファルの存在を把握できたのか? それはもうファルには息をひそめて調査を進める理由が無くなったからだ。
「昨日、お前の正体知れた。だから、もうコソコソする必要ない。人気の無いこの場所、処分するには、問題ない」
そのセリフを耳にしてセシルは思わず苦笑いを浮かべる。
この男は今日ここで自分を殺すつもりらしい。だから気配を隠す必要もなくなり今までと比べて気の抜けたお粗末な尾行を続けていたのだ。もう自分が探りを入れている事を知られたとしても明日にはもう自分はこの世に存在しないから……。
「処分、開始」
まるで感情を感じさせないその言葉と共にファルは一気に駆け出した。
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