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圧倒的な拳闘士


 かつての自分ならばパーティーメンバーの涙を見たとしても心が揺れ動く事などなかったのだろう。自分の存在を邪魔者扱いし真の仲間とみてもくれない【真紅の剣】のメンバーの為に『怒る』と言うことなどなかっただろう。

 だが自分を真の仲間と見てくれパーティーに誘ってくれたソルの涙を見て久しく眠っていた感情がムゲンの中から隆起する。


 「お前はもう喋るなよ」


 「え?」


 今まで村人の骸の向こう側から聴こえてきたムゲンの声がいきなり至近距離から聴こえたと思い視線を前に戻すと眼前にはすでにムゲンが拳を握りしめ接近していた。

 まるで瞬間移動のように村人達をすり抜け一瞬で距離を詰められて思わず目が点になるアラデッド。


 次の瞬間に顔面に凄まじい衝撃が走る。顔面がへこむ感触、さらには前歯を含めいくつもの歯が砕け、へし折れる事を感じながらアラデッドは一気に後方へとぶっ飛ばされる。


 「は…速い……」


 村人達を魔法で鎮圧しながらハルはムゲンの移動速度に戦慄すら感じていた。並の肉体強化ではあそこまでの凄まじい移動は不可能だろう。


 この時にハルは以前の依頼の最中、その道中での彼とのとある会話を思い出していた。



 ◇◇◇



 『ムゲンさんは肉体強化にどれだけの魔力量を割り振っているんですか?』


 彼女の問い、それは大多数のモンスターを相手にムゲンが肉体強化を維持し続けながら戦闘を行っていた事が切っ掛けであった。彼の戦いを横で観察していた彼女が素朴に感じた疑問だったのだ。

 

 ハッキリ言ってムゲンの魔力の総量はかなり少ない。つまり彼が肉体強化により戦闘能力を向上できる時間帯は他の者達に比べて圧倒的に少ないはずなのだ。強化を維持し続ければ魔力も徐々に減り続ける。しかし彼はかなりの長時間身体能力を強化し続けられる。つまりは矛盾しているのだ。魔力量が少量であるにもかかわらず肉体強化を維持し続けられる時間帯が。

 

 この時にハルは何か効率の良い魔力の消費量を抑える方法があるとばかり思っていた。しかし彼の口から出てきた答えは驚きのものであった。


 『俺は戦闘時で肉体を強化する際に消費している魔力量は大体〝3〟くらいかな? だから長時間持続するんだよ』


 その答えは通常であればあり得ない答えであった。


 人間が体内の魔力を消費する際、己の中の残存魔力量に数値を割り当て感覚として使役した魔力消費の具合、残りの体内魔力量が何となくではあるが数字として分かるのだ。

 例えばハルの魔力総量は4000であり、初級魔法1つ放つごとに〝20〟程度消費している。

 だが今ムゲンの口から出てきた数字は本来であればあり得ないものであった。何しろ彼は肉体強化に消費する魔力数を〝3〟と口にしたのだ。通常であれば肉体強化に消費する魔力数値は〝30〟程度が平均だろう。肉体強化にしろ魔法にしろ魔力の消費量の多さでその効力の大きさは増減される。もしも彼の言うように肉体強化に割いている魔力数が雀の涙程度の〝3〟ならば大した強化は施されないだろう。少なくともその程度の魔力消費の肉体強化でモンスターを撃退などできない。せいぜい一般人の2、3倍程度の強さしか発揮できないはずだ。


 その程度の魔力消費でモンスターを一方的に蹴散らせる、それはつまり素の状態のムゲンの戦闘力が異次元と言うことだ。強化を施さずともモンスターと渡り合えるレベルの人間ならばその程度の補助強化でもモンスターの群生を圧倒できるだろう。


 『(もしもムゲンさんが他の《拳闘士》のように〝20〟、〝30〟の魔力を消費して肉体強化を施したらどれほどのものなんでしょう……?)』



 ◇◇◇



 ムゲンはいつもは肉体強化に割り振っている魔力数は僅かな〝3〟程度である。その程度の強化ならばアラデッドも対応できただろう。だがその十倍の魔力数である〝30〟も強化につぎ込んだムゲンの肉体能力は彼の目には視認すら出来ていなかった。

 

 気が付けば自分の顔面は撃ち抜かれ間抜けに背中から地面を滑っていた。


 「うがっ!? う…うぎぃ~……あぐっ…!」


 たったの一撃の拳で顔面が完全に変形してしまったアラデッドはすぐに自分の操り人形たる骸の村人達にムゲンを殺すように命令しようとする。しかし顎が完全に砕かれ命令を出そうにも言葉が出てこない。骨が粉砕されている彼の口からは『あぐぅ』とか『ひぎぃ』と言うノイズのような声しか出てこない。


 「もう喋れないなその壊れた口じゃ」


 殴り飛ばされる直前と同じようにまたしても至近距離から聴こえてくる少年の言葉。

 まるで心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥るアラデッド。その声色は信じられないほどに落ち着きを持ち合わせているが同時に凄まじい寒気も感じられる。

 恐怖でもう顔面の痛みなど忘れて口や鼻から滝のように出血をこぼしながら声の聴こえる背後へとゆっくり振り返る。


 そこには――鬼が立っていた。


 自分の顔面を破壊した際に付着した返り血まみれの拳をギチギチと固く握りしめた鬼が地面で這いつくばっているアラデッドを冷酷に見下げている。

 

 「お前は俺の仲間であるソルの心を踏みにじった。罪のない村の人間を無差別に殺し自分の傀儡にしようとした。覚悟は出来ているだろうな」


 「や…やべで……だずげで……」


 壊れた下顎を手で支えながら必死に助けを懇願するアラデッド。

 たったの一撃でもう圧倒的な実力差を見せつけられ、その上に傀儡である村人達は魔法使いに抑え込まれている。しかもこの距離、自分が抵抗するよりも早くあの血管が浮き出ている拳が心臓を穿つ事も頭部を砕くことも簡単に出来てしまうだろう。


 「問答無用!!」


 彼の命乞いに対してムゲンは鬼気迫る表情を一切緩めず地に蹲っているアラデッドへ向けて拳を振り下ろす。


 風を切り裂く音とともに彼の顔面の真横をムゲンの拳が通り過ぎそのまま地面深くめり込みクレーターを作り出す。当たれば間違いなく顔面が潰れたトマトのようになっていたその一撃にアラデッドは遂に失禁までしてしまう。


 「ばーか、ここでお前を殺して同類になってたまるかよ」


 ムゲンはとどめの一撃をわざと外したのだ。

 ここでアラデッドを殺す事は簡単だ。だが怒りに任せて彼を殺せば自分は間違いなく胸の奥底に後悔の念がくすぶるだろう。こんなクズでも命は命、裁くべきは法だろう。


 地面を殴りつけて拳に付着した土を払いながらムゲンはもう完全戦意喪失状態のアラデッドへと告げる。


 「お前はこのまま拘束して俺達のギルドへと連行する。その後の判断はギルドマスターに任せるが最終的には牢獄行きだろうな。それにお前の所業を考えれば死刑だろうし俺が手を下すこともない」


 「いやそれは困るのね」


 アラデッドに対して言ったはずの自分の言葉に何者かが受け答えをした。しかし目の前のアラデッド本人はガクガクと恐怖で震えている。そもそも顎が砕けまともに喋れないはずだ。そして何より自分の言葉に返事を返してきた声色は明らかに女性のものであった。


 次の瞬間――アラデッドの首が大量の血しぶきと共に宙へと舞った。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 冒険者って盗賊の討伐もやるしここで殺しても問題ないと思うけどな
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