表と裏、本当に好きだった世界は……
「実は私は闇ギルドから調査の為にこのギルドにやって来た者なのね」
その告白はあまりにも唐突で【不退の歩み】の3人は思わず目が点になってしまっていた。
少し時間をさかのぼる事、いつものように仕事を無事に終えて打ち上げを行っている時にセシルから大事な話があると言われた。少し早く打ち上げは切り上げ3人は人気の無い場所まで案内される。
「あらあらこんな人気の無い場所までやって来て何をするつもりなのかしら? もしかして酔った勢いで襲われちゃうのかしら?」
「女が女に言うセリフかそれ?」
すっかり酔いが回っていたマホジョはケラケラと顔を赤くしながら笑って冗談をセシルに飛ばしカインが呆れていた。いつもであれば今の酔っぱらっている彼女に絡まれればうっとおしそうにしながらも何かしら反応を返してくるはずだ。だが今日のセシルはやはりどこか様子がおかしい。まるで何か大きな決心をしたかのような顔を始終浮かべ続けているのだ。マホジョは酔っぱらっていてその変化に気付いていないようだがカインとホルンは今日のセシルは何かがおかしい事を口に出さずとも心でずっと見抜いていた。
そして人気の無い夜の街の一角まで到着するとセシルはくるりとカイン達に向かい合うとおもむろに言葉を紡ぎ出す。
「わざわざこんな場所まで付き合ってくれて感謝するのね。今日はずっと私の隠していたある秘密を3人に話そうと決心したのね」
「ふ~ん、でもこんな人気の無い、それも夜の街の一角まで場所移動するなんて人に聞かれては不味い話をするみたいじゃない」
「その通りなのね…」
冗談半分で口にしたつもりのマホジョだったが大真面目な顔で返されて少し戸惑う。
気が付けば場の空気はとても重苦しいものへと変わっておりマホジョもおちゃらけた態度が引っ込んで黙り込んでしまう。
静寂につつまれてから数秒間の時間が過ぎ去った後、セシルは小さく深呼吸をして自分の抱え込んでいた秘密を吐露し出す。
「ごめんなさい……私は本当は闇ギルドの…あの【ディアブロ】の一員なのね。ずっとあなたたちを騙し続けてごめんなさいなのね」
それは3人の予想など遥か雲の上まで上回るほどの衝撃事実であった。
「ど…どういうことだ? それは冗談…じゃないんだよな?」
最初に口を開いて冗談かどうかの確認を取ったのはカインであった。
このパーティーのリーダーである彼は恋人であるホルンだけでなくパーティーメンバーである他の2人のことだってちゃんと見ており蔑ろになどしなかった。だからセシルが時たまにどこか暗い表情を浮かべていた事にも気が付いていた。だがカインは決して無理に彼女からその理由を訊きだそうとはしなかった。無理から話をさせても意味など無い。彼女の方から心を開いて打ち明けてくれるまで待ち続けた。
「それがお前がずっと抱え込んでいたお前の心に潜む〝闇〟なんだな…」
カインのその言葉にセシルはくしゃっと顔を悲しみに歪めながら頷いた。
皆が自分の為にあえて何も聞かずに自分から話し出すのを待ってくれていた、その意図はセシルにもちゃんと伝わっていたのだ。最初は随分と能天気な連中だと内心で嘲りの笑みを浮かべていた。だが彼等と共に仕事をこなし、そして同じ空間で食事を食べ、共に語り合いや笑い合いをしていくと次第にセシルはこの【不退の歩み】と言う居場所が心地よくなってきていた。それと同時に自分の本当の目的がムゲンの調査及び暗殺だと言う現実を再確認するたびに憂鬱な気分となる。
仮にムゲン・クロイヤの暗殺を成功させたとしてもだ、この街でそのような行為を働けば必然的に自分はもうこの街や【不退の歩み】の3人と一緒に居られなくなる。
「最初はムゲン・クロイヤの情報取集が目当てで元仲間であるホルンに近づいたのね。そして必要な情報を得られればすぐにこの【不退の歩み】を抜けて自分に与えられた任務を忠実に遂行しようと考えていたのね。でも…でも今の私にはもう【ディアブロ】の命令に従う事は受け入れがたいのね。だって…そんな事をしてしまえばもうカイン達と一緒に居られないのね!!」
今まで【ディアブロ】と【不退の歩み】のどちらを取るべきか葛藤し続けて来た彼女は今日遂にその決断をした。
「私は【ディアブロ】の連中よりもカインとホルンとマホジョの3人とこれからも一緒に居たいのね。だから…だから……」
全てを吐き出し終えたセシルはその場で崩れ落ち泣きじゃくった。
彼女の本当の職業は《アサシン》、暗殺をもっとも得意とし何よりも自分の正体を隠して仕事をこなす職種だ。だが今の彼女は暗殺者としては落第とも言える行いを働いている。暗殺者がこんな馬鹿正直に自分の正体や目的を話すなど愚の骨頂だ。だがもう自分を偽って生きていくことの方がセシルにとっては辛くて痛かった。
闇ギルドに居た頃は誰かと一緒に談笑しながら食事をする事などなかった。
闇ギルドに居た頃は誰かと一緒に手を取り合って戦うなどあり得なかった。
闇ギルドに居た頃は……心の底から笑う事などなかった。
「私はこの【不退の歩み】が好きで好きで仕方がないのね! だから…だからもう3人を騙して生きていく事は辛くて苦しくて……うえぇぇぇぇぇん」
まるで子供のようにその場でわんわん涙を流すその姿はあの【ディアブロ】の人間とは思えないほどに脆く見える。少し触れれば今にも壊れてしまいそうなほどに。
そんな彼女に対して3人はそれぞれ顔を見合わせてから――全員でセシルに寄り添ってあげた。
「そうか…そうだったんだな。ずっと表か裏、どちらを取るかで悩んでいたんだな」
「まったく予想の斜め上の発言しておいて泣くんじゃないわよ」
「その通りよ~。これがあの【ディアブロ】の一員だなんて笑っちゃうわね。あなたはやっぱり【不退の歩み】の方が性に合っていると思うわ」
普通ならば自分達を騙し続けていた相手、それも闇ギルドの人間相手ならば糾弾してもおかしくない。今の今までよくも騙し続けたなと罵詈雑言を浴びせられても文句など一切言えない。だがカイン達は彼女を責めなかった。それどころか自分を慰めてあげようと優しく抱擁されてますますセシルは大声で泣いた。
人の大切な物を奪い続ける事しかしてこなかった彼女だが、この3人のお陰でセシルは知ることが出来た。自分が本当に望んでいた道は『大事な何かを奪い続ける道』ではなく『仲間と並んで歩き続ける道』だったのだ。
心優しい仲間に抱きしめられながらセシルは自分の感情が落ち着くまで泣き続けたのだった。
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