連れ去られた幼馴染
大切な者を守るために禁断の力を発動させるムゲン、胸の奥底に蓋をした力が解き放たれた瞬間に脳内が一瞬だけ真っ白になった。これまでの場合は次の瞬間には強大な力に理性が引っ張られてしまい暴走状態へと陥っていた。
だがこの時の彼はこれまで忌み嫌っていた力を纏っているにも関わらず妙に落ち着きを持っていた。
これは……今までにない奇妙な感覚だな。全力を解放したと言うのにどうして俺はこうも落ち着いているんだ?
今まで全力を発動した彼は圧倒的な覇気を相手に叩きつけるほどの威圧感を纏っていた。だが今回はむしろその逆であった。奥底に眠る力を解放したはずだと言うのに解放前よりもむしろ圧力を感じさせないのだ。それにムゲン自身も今までとは違い全力を解き放っているにも関わらず感情の昂ぶりも見られない。
「何を呆けているんですかね?」
ソウルサックも急にムゲンから圧力を感じられなくなり違和感を覚えつつも剣先をムゲンの心臓部へと突き出しそのまま貫こうとする。
Sランク《剣士》であるミリアナの肉体を次第に意のままにコントロールできつつあるソウルサックのその突きは今までで一番の最速であった。だがムゲンはその一撃を軽やかに避け、更に伸びきっているミリアナの腕を掴むとそのまま剣を奪い取ろうとする。
「なっ、手を放せ!」
これまでで一番の最速の突きをあっさりと避けられ、しかも簡単に腕まで掴まれてしまい驚きを露にするソウルサック。一度距離を取ろうと前蹴りをムゲンの顔面目掛けて放ったがそれすらもあっさりと避けられてしまう。
「この、その汚い手を放しなさい!!」
本体である自分の刀身に魔力を籠めて自分の腕を掴んでいる彼の手を切り落とそうとする。
だがここで信じがたい事態が発生した。何とムゲンの手に振り下ろした剣が肌に触れたと同時に〝弾かれて〟しまったのだ。
「な…そんな馬鹿な……」
自分の剣で斬りつけたにもかかわらず血の一滴すら流れない肌を見て呆然としてしまった。その隙をついてムゲンは剣を奪い取る事に成功した。
「よし、本体であるお前を捕まえてしまえばもうミリアナを操れない……!?」
自分の握りしめている手の中でガタガタと震えているソウルサックにそう言い放つが直後に背中に衝撃が走った。その原因はミリアナが魔力を帯びた拳を背中へと叩きつけていたからであった。
拳によるダメージこそはほとんどないに等しいが衝撃によって握っていた剣を手放してしまう。そのまま足元まで転がって来た剣をミリアナが拾い上げる。
「まさか剣を手放しても遠隔でミリアナの体を操れるとはな」
ソウルサックが宿主に決定した対象者は例え本体であるソウルサックを手放していても遠隔で肉体を操作できる。とは言え直接剣を身に宿している状態と比べるとその動きはお粗末なものだ。不意を突いて上手く剣を取り戻せたが次はこんな手段が通じない事はソウルサック自身も理解していた。
「(一体どうなっている? 数多の竜を屠って来た刃が肉に食い込まず弾かれるだなんて異常だぞ。このハーフ…一体どれほどのものだと言うんだ?)」
最初は突然この男が覇気を失ったかのように思っていたがよくよく注意してみるとむしろ逆だ。表面上に力が浮き上がってはいないが潜在能力を視てみれば今までの比ではない。目の前の少年の内側から底の見えない力の奔流が見て取れる。
これまでのムゲンは解放した力を制御できずに垂れ流していた。そして制御できないからこそ理性まで浸食されてすぐに暴走状態に陥ってしまっていた。だが今の彼は荒れ狂う力を完璧に肉体の内側に抑え込んで手足同然にコントールしている。だから理性が吹っ飛ぶ事もなければ目立って力が表面に現れないように見えているだけだ。
今までとはもう完全に別物だと判断したソウルサックは完全に遊び心を捨てて全力でムゲンを狩りに行く。
時間が経過するにつれミリアナの肉体にソウルサックの精神が定着していっている。その結果ミリアナの本来の力もソウルサックは引き出しつつある。
「純粋な竜をも超えるであろうその力、怖ろしくもあり素晴らしくもある! その血を自分に吸わせろぉぉぉぉ!!」
興奮気味に叫びながらソウルサックは遠距離から斬撃を連続で飛ばす。この技はムゲンがポイズンスパイダーに捕食されそうなときにミリアナの使っていた技だ。
隙間など見当たらないほどの斬撃の弾幕を前にムゲンは取り乱すことなく迫りくる攻撃を集中して見ていた。
まるで止まっているかのように見える。これが今の俺のレベルなのか……。
Sランク冒険者の肉体から繰り出される技を前にムゲンは真正面から避けて前進していく。
「ば、馬鹿な!?」
無数に放つ斬撃がまるでムゲンの体をすり抜けていくかのような光景にソウルサックにも次第に焦りが見え始める。
どうなっているんだ? この肉体の持つポテンシャルは間違いなく一級品だ。それに時間が経過するにつれ肉体と精神も同調していってより自分の意志通りに肉体を操れるようになっているんだぞ。それなのに力の差が縮まる気配がない、いやそれどころか……。
気が付いた時にはまたしても間合いにまでは入られてしまっていた。
視認する事がギリギリの速度で繰り出された拳は本体である自分にぶち当てられる。
「なっ…ヒビが……!?」
これまで刃こぼれすらしたことの無かった自分の肉体にヒビが入りソウルサックに寒気が走った。
とにかく距離を置こうとミリアナの肉体を操り魔法陣を描く。そして自分の持てる最大火力の魔法を放とうとするのだが……。
「やらせるわけないだろうが!」
空中に描かれた魔法陣に向かってムゲンは拳をぶち当てる。すると魔法陣はまるでガラスの様に砕けて発動しようとしていた魔法も力技でキャンセルされてしまう。
「ば、馬鹿げている。何で素手で魔法陣が砕ける?」
あまりにも規格外すぎるムゲンの行いにミリアナの声を通してソウルサックから疑念の声が漏れ出た。
その問いに対してムゲンは何も答えず神速の蹴りを剣の腹へと叩き込んだ。その一撃で更にヒビが広がり後一撃で折れるかどうかまでの損傷にソウルサックはミリアナの肉体を操り脅しをかけた。
「それ以上自分に近づくなこの化け物が! この女が死んでも構わないのかぁぁぁぁ!?」
「なっ、お前また…!」
完全に戦闘では勝ち目がないと悟ったソウルサックは最終手段に出る。ミリアナの肉体を操作して自分の刃を彼女の首へと押し当てる。もしこのまま剣を引き切ればミリアナは命に瀕する致命的なダメージを負うだろう。いや取り返しのつかない事態と言った方が正しいだろう。
ただ剣を破壊するだけならばそもそも決着はついている。ここまでの戦闘でもムゲンはミリアナの肉体を傷つけまいと意識しながら立ち待っていたのだ。だが逆に言えば彼女の命を盾にされてしまえば迂闊に手が出せなくなってしまう。
ムゲンの動きを牽制しながらもソウルサックもこの後どうすればよいのか判断に悩んでいた。
「(どうすればいい? この女を捨てて逃げようにも脱出の手段なんて何も持っていないぞ……くそ、こんな事なら転移用の魔道具の紙を持参するべきだった)」
これまで竜を狩り続けていたソウルサックはいつからか自分の力に慢心してしまっていた。その為に脱出手段を常に考える習慣を放棄してしまっていたのだ。
完全な膠着状態に汗を滲ませていると思わぬ協力者がソウルサックの元へと現れた。
「なあお前、その女を俺にくれるのなら手助けしてやるぜ」
「なっ!?」
ソウルサックの傍までやって来て手助けを申し出た相手はあろうことかモブルであった。思わぬ人物から救いの手を差し伸ばされムゲン達だけでなくソウルサックも戸惑いを隠せなかった。
「俺はもしもの時の為に転移用の魔道具を持っている。本当は値が張るからもしもの時にしか使わないが……この転移用の魔紙を使えば一緒にここから逃がしてやれるぞ」
そう言いながらモブルは懐から魔法陣の描かれている1枚の紙を取り出した。この転移用の魔道具は最大で周囲に居る4人までの人間をマーキングした場所まで飛ばせる効力がある。彼が他のパーティーメンバーよりも冷静だったのもこの魔道具を持っていたからこそだ。
「どうするんだ? 俺にその女をくれるのか? それともここで一緒に死ぬのか?」
モブルの申し出に言い淀んでいるとムゲンが叫ぶ。
「お前どういうつもりだ!! どうしてそんな闇ギルドのヤツに手助けしようとする!!」
いきなり裏切りを働くモブルに理解できないと叫ぶムゲンに対して彼は怒りに満ちた表情でこう吐き捨てる。
「うるせぇんだよこのバケモンが! 俺はずっとこの女を手に入れようと苦労してきたんだ! それなのにテメェみてぇなヤツに奪われるんなんて我慢できねぇ! はんっ、この女を俺の好き放題に出来るなら今いるギルドなんて辞めてコイツの闇ギルドの一員になっても構いやしねぇ!!」
想像を絶するほどの貪欲なミリアナに対する執着はムゲンや彼のパーティーの女性達から言葉を奪う程であった。その静寂に包まれる中でミリアナの声を通してソウルサックが笑う。
「本当に人間の嫉妬心は怖ろしいですね。いいでしょう、自分は別にこの肉体に拘る理由はありませんからね。この場から逃がしてくれるのならば差し上げますよ、この少女の身も心もね」
「交渉成立だな」
「や、やめろおぉぉぉぉぉ!!」
言質を取ったモブルは手に持っている魔紙に魔力を籠めて転移を発動しようとする。
地面を蹴ってミリアナの体に手を伸ばすムゲンだがソウルサックは醜悪な笑みを浮かべ首を浅く斬って見せる。
目の前で鮮血を流す幼馴染の肉体に躊躇をしてスピードが緩む。そして彼の伸ばした手はあと一歩のところでミリアナの体を掴む前に虚空に空振りしてしまった。
「そ…そんな………うおあああああああああああああああああああ!!!」
ようやく分かり合えたミリアナが目の前から消えてしまった。その事実にムゲンは膝から崩れ落ち、喉が裂け血が出んばかりの絶叫を上げた。
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