闇ギルド
惨劇の村に現れたかつてのSランク冒険者ソルド・カメア。そんな彼女の構えた剣からは轟々とした炎が放出されており、その熱気は距離を置いて対峙しているムゲン達にまで届いていた。
「凄まじい熱気だな。これがSランク冒険者であるソルド・カメアの愛用していた竜殺しの剣か」
自分をパーティーから追い出したマルクも炎剣を愛用しているがソルドの持つ剣の性能はその比ではない。マルクの炎剣は単純に炎を纏うだけだろう。しかしソルドの剣に纏われている炎の熱気は相手にただ熱を与えるだけではない。
彼女のサラマンダーの名を持つ剣から放たれる炎の熱は相手の魔力すらも燃やして強制的に体内魔力を消費させてしまうのだ。
「あの剣から発せられる熱気にあてられてよくわかる。これは単純な熱さだけじゃない。体内の魔力も少しずつ燃やされ消耗して行っているな」
ソルド・カメアの剣は触れずとも相手の内部の魔力を燃やし尽くすと有名だった。その効力を実際に味わってみるとかなり厄介な武器だ。何しろ直接攻撃されずともこうして熱気の届く範囲にいるだけで魔力が消費していくのだから。
「やっぱりおかしい…」
「おかしい? 何か気づいたのかソル?」
武器を構えながらソルがふと漏らした言葉を拾ったムゲンが何がおかしいのか尋ねる。
「こうして戦っているとソルドの動きに違和感を覚えるんだ。私に特訓をつけてくれていた時と違いどこかこう…人形と戦っているような……」
彼女の口から出てきた〝人形〟と言う言葉にムゲンとハルの両者はソルドの事をじっと観察する。
冷静に言われてみれば彼女からはどこか生気を感じない。一言も発せずまるで命のない抜け殻と対峙している感覚を確かに感じる。
「まあ色々と疑念は残るがまずはあいつを拘束してしまう方が先決だろう。アイツに捕まっている冒険者も心配だしな。二人とも、一気に三人がかりで終わらせよう」
自身の感じた違和感はひとまず置いておいてまずは彼女の無力化を優先しようとするソル。他の二人も異存はなく魔力を開放してムゲンは肉体を強化、ハルは援護の魔法の発動準備を整える。
このまま相手の出方を見ているだけではただこちらが消耗するだけと思いソルが一気にソルドへと駆け出そうとする。
だがソルドへと飛び掛かろうとした直前に背後から無数の嫌な気配を感じ取ったのだ。
「おい…どういうことだよ……?」
粘つく気配に勢いよく背後を振り向けばそこにはおぞましい光景が広がっていた。
なんと先ほどまで倒れていた村人達の骸が次々と起き上がってこちらへと向かって来ているのだ。しかしこちらへ歩いてきている村人達が生きているとは言い難い。何しろ動いてこそいるが村人たちは体のあちこちを欠損している。中には首のない状態の村人まで起き上がっている。
死んだはずの者達が死してなお活動をやめない異様すぎる光景に三人は思わず息をのんで呆然としてしまう。
「一体この村で何が起きているの?」
死んだはずの冒険者が現れたかと思えば次は屍が動き出す。この村の中で今何が起きているというのか、異常な事態にハルは思わず声を出して疑問を漏らす。
その疑問は独り言として呟いたはずだったがその疑念に答える者が居た。
「実験だよ実験。そこのSランク冒険者みたいに兵隊として扱えるかどうかのね」
群がる村人達の骸達が左右に分かれて一本の道を作り出す。おぞましい骸の海が割れるとその中央から一人の男が悠々と歩いてきた。
その男は無駄に着飾った派手な服装でどう見てもこの村の住人だとは思えない。そもそも彼がこの村の現住人ならばこの現状にあんな風にヘラヘラと笑っていられるわけがない。
突如として現れた乱入者にムゲン達が警戒する中、男は相も変わらず軽い口調で話し続ける。
「しかしやっぱただの村人レベルじゃまともな兵隊にならねぇな。魔力が低いから死体を動かすだけで精一杯、こりゃ失敗作だ。こんだけ数が居るから2、3人は使える兵隊が作れると思ったのによぉ。さっき捕まえておいた冒険者どもも失敗しなきゃいいけどなぁ」
そう言いながら男は近くの直立している骸を腹いせに蹴りつけた。
それよりも今この男の口にした言葉は聞き捨てならない。あの言い方ではまるでこの村を襲った真犯人は……。
「お前なのか…あそこに居るソルド・カメアと共謀して俺達のギルドの冒険者を攫いこの村を襲ったのは……」
そう言いながらムゲンは明確な敵意を露わにして突如として現れた男を睨みつける。
「ああそーだよ。まあ隠すことでもないしなぁ。でも答えとしては花丸はやれねぇな」
男はまるで悪びれもせずいともあっさりと白状した。だが何やら含みのあるその言い方にソルが目線をソルドから離さず彼に自身の疑念を投げかける。
「お前は一体どこの何者だ? それにソルドとどういう関係だ?」
「どういう関係ねぇ。まあしいて言うなら――〝ご主人様〟かなぁ」
おどけた口調でそう言うと男はソルドの方を見ると彼女に命令を下す。
「おい人形、命令だ。そこの水色の露出高ぇエロ女を殺せ」
男がそう言うとソルドはその命令に従いソルへと一気に跳躍して剣を振るう。
繰り出される斬撃を受け流しながらソルは男の方を見る。すると男は自分の言う通り動くソルドを見てヘラヘラと嘲りの笑みを浮かべていた。
「ぐっ、何であんな奴の言いなりになってるソルド!? お前ほどの誇り高い《魔法剣士》が!!」
憧れていた勇敢な戦士に必死の形相で訴えるがまるで届かない。
ソルドは無表情のまま淡々と燃え盛る剣を振り続けてくる。
「どれだけ情に訴えても無駄だっての。だってもう『死んでいる』んだからさぁ」
「それはどういうことだ?」
男の口から出てきた死という単語にムゲンは真意を尋ねながら男へと一気に接近していく。しかしその行く手を骸となった村人達がまるで盾のように立ちふさがる。
「ごめんなさい!」
もうすでに死んでいるとはいえ男に操られている村人達に謝罪をしながらハルは後方から<ファイアーボール>で次々と骸と化している村人を焼き払っていく。
盾となっている村人が次々と倒れていくがそれでも数が多すぎる。男の背後から次から次へと骸の盾が前に出てきて男へと続く行く手を阻む。
ムゲンは骸を次々と殴り飛ばし男に直接拳を叩き込もうと前進する。
「おーおーお前たちも酷い奴だなぁ。何の罪もない村人達を焼いて殴ってよぉ」
「お前が言えたことか! それよりもこの村人達と言いあのソルドと言いお前は一体何をした?」
「なーに、ちょっと蘇って俺の駒にさせてもらってんのさ。俺は《黒魔術師》だからな。ネクロマンシーの力を用いて黄泉の国から戻ってきてもらったんだよ」
男の口から出てきた黒魔術は確か邪術の類のはずだ。基本的に他者に害をなす職業であり表のギルド内では殆ど耳にしない職業のはずだ。そしてネクロマンシーは死体をアンデッドに変える力を持っていたはずだ。しかし死者を冒涜するこの職業を身に着けている者は基本的に裏の世界を生きる者が身に着けている力のはずだ。
「まさかお前…闇ギルドの人間か?」
「大せーかい。俺は闇ギルド【ディアブロ】の人間だ」
闇ギルドはムゲン達が所属しているような表向きのギルドとは異なり違法性のある依頼すらも金さえ積まれれば請け負うギルドである。モンスターの退治だけでなく依頼の中には危険ドラッグの密売、人身売買の為の人攫い、要人の殺人など非合法な仕事を挙げればキリがない。
「まさかこの村を襲ったのもギルドの依頼だって言うのか?」
「いやー、この村を襲ったのは俺の兵隊づくりのためだけに選んだにすぎねぇ。まあただ〝運が悪かった〟って話だ。でもやっぱり村人なんていくらいても駄作のゾンビしか出来上がらねぇ。そこのソルドみたく魔力量の高い人間を素体にしねぇとやっぱダメだわ」
「兵隊づくり…だと? じゃあその為に罪もないこの村の人間を皆殺しにしたのか。それもあろうことかもう死んでいる者の手を汚させてまで……」
男の口から出てきた言葉は許しがたいものであった。つまりコイツは死んだ人間の亡骸を弄り都合の良い自分の為だけの『兵士』を作り上げていると言っているのだ。更には新たな木偶人形を作るために罪のない人間を殺して素体を集めている。それはもはや人の所業ではない。
だがこの中でもっとも『怒り』を抱いている人物はムゲンやハルではなかった。
「つまりお前が死んだソルドを無理やり蘇らせて弄んでいたのか!」
自分に機械のように淡々と攻撃を繰り広げてくるソルドを相手にしながらソルは男へと憤りをぶつける。
その少女の怒りのともった怒号に対して男は名乗りを上げた。
「その通り。闇ギルド【ディアブロ】の死人使いであるこの俺アラデッド様の仕業だよ。これで満足か卑猥な鎧のお嬢さん?」
そう言いながらにやけヅラでソルドと戦うソルを見て嘲りの顔をアラデッドは向けた。
「ふざ…けんな…ふざけるなよ!!」
アラデッドの言葉に対してソルは思わず目の端に涙を滲ませていた。それは怒り以上に自分が尊敬した人間の尊厳を踏みにじられた悲しさが上回ったからだ。もしも見知らぬ他人、それこそこの村人達だけの死を冒涜しているのならば怒りに任せて襲い掛かっていただろう。
だが自分の指針となった人間があの男に良いように弄ばれ傀儡となっている現実は彼女には厳しすぎた。
「ははっ、いい顔するじゃねぇのお嬢さん。よし決めたぜ。お前もそこのソルドと同じく俺の操り人形にしてやるよ。まあソルドみたくアンデッド化に成功すればの話だけどな」
その醜悪な発言と笑みを見てムゲンの中で何かがブヂリと音を立てて切れた気がした。
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