力に対する恐怖を超えて
「ど、どうしたら良いのよこの状況……」
モブルのパーティーの女性が途方に暮れたような絶望に染まった顔でそう呟いた。
ダンジョンの主である竜を撃破してもう全てが終わったと思っていた。それがいきなり【ディアブロ】の幹部クラスの敵の出現など誰が予想できようか。しかも最悪はさらに上乗せされてしまう。自分達のギルドの〝戦姫〟があの剣によって操られてしまった。
「このままだと私達もヤバいんじゃ……」
自分達の視線の先ではムゲンが必死に操られている彼女を食い止めてはいるがそれも時間の問題だろう。そして彼が倒れてしまえば次は間違いなく自分達の番になる。都合よく自分達だけは見逃してもらえる奇跡のような展開など期待は出来ないだろう。
「さっさと壊れろこのアホ結界!!」
女性の1人が魔法で出入口に張られている結界を攻撃し続けるが壊れる気配が一向にない。
「ちょっとモブルも手伝ってよ!!」
必死に結界を排除しようと奮闘している3人とは裏腹にモブルはさっきから何もしてくれないのだ。必死の形相を浮かべている自分達に背中を向けてムゲンとミリアナの攻防を見続けているのだ。どうせ自分程度の実力ではあの戦いに介入なんてできないくせに。
「ねえ聞いているのこの顔だけ男! アンタも脱出に手伝えって言ってんのよ!!」
どれだけ口で言っても一向に手を貸す気配が見えないモブルに業を煮やした女性の1人が前に回り込んで胸倉を掴もうとする。だが正面に回って彼の顔を見て思わず声が詰まってしまった。
「な、何で笑っているのよアンタ?」
誰が見ても絶望的なこの状況下でこの男は何故だか笑っていたのだ。その視線は今も徐々に切り刻まれているムゲンへと向き続けている。
「いいぞ……もっと無様に切り裂かれろ……」
自分の命がどうなるかの瀬戸際だと言うのに嫉妬に駆られたモブルはただムゲンが追い込まれている光景に酔いしれていた。
そして遂にムゲンの腹部へとミリアナの振るった刃が食い込んだ瞬間を見て彼は嬉しそうに叫んだ。
「よっしゃー!」
「……馬鹿じゃないの?」
もう言葉も出てこないと言った顔で女性はそう呟くことしかできなかった。
◇◇◇
致命的な隙を見逃さずに滑り込んで来るドラゴンキラーの剣が自身の肉に食い込んだ瞬間にムゲンの思考は停止してしまう。間違いなくこの肉に食い込んでいる刃は次の瞬間には自分の上半身と下半身を二つに分断してしまうだろう。死の間際のせいなのかは定かではないがムゲンの脳内では一瞬の間にミリアナと過ごした思い出が駆け巡った。数年間と言う長い時間の思い出を一瞬で振り返りながらこのまま自分は死ぬのだろうかなどと他人事の様に捉えていた。
ソル…ハル…ウルフ…アルメダ…母さん……そしてミリアナ、ごめん………。
人は逃れようのない死が迫ると恐怖以上に残された者に対しての心苦しさの気持ちが上回る事があるらしい。
心の中で愛しい人達へと謝罪を述べて瞼を閉じる。そしてそのままムゲンの体は二つに分断――されなかった。
「な…何だとぉ……?」
ミリアナの声を通してソウルサックから驚愕の声が漏れる。
真っ二つにしようと横なぎに振るった本体である自分の剣がムゲンの肉に食い込んだと同時の事であった。どういう訳か腕が止まってムゲンの皮膚を浅く斬りはしたが筋肉で剣が止まってしまったのだ。いや違う、これは『内側から止められて』しまったのだ。
「ま、まさかまだミリアナの意識が……うぐっ!?」
頭部を押さえて苦しんでいるソウルサックの様子を見てムゲンが戸惑う。
まさか抗っているのかミリアナ? 俺を傷つけまいと今もソウルサックの呪縛に抵抗をして俺を守ろうと……。
「ム…ムゲン……逃げて……」
「ミ、ミリアナ!!」
この自分の名前を呼んでいる相手が誰なのか間違えるはずなど無かった。この言葉を喋っているのはソウルサックなどではない。間違いなく自分の幼馴染であるミリアナ・フェルンの言葉であった。
「お願い…今の内にこのダンジョンから…うぐっ、だ…脱出し…て……」
必死に自分を操るソウルサックの剣を捨てようともがくミリアナだが意識をギリギリで浮上させる事が限界であった。動かせるのも口だけで手足は痺れ剣だって頑なに握りしめたままだ。このままではまた自分はムゲンを傷つけてしまう。
「(そんなのイヤ! もう二度と彼を傷つけるなんて私はしたくないの!!)」
過去にあれだけ苦しめておいてまた彼を傷つけるなどミリアナには受け入れがたい事であった。そんな真似をするぐらいならこの剣で自分の喉を掻っ切る方がまだマシだ。
「(そうだ…意識があるうちに自分の頭部でも喉でも心臓でもいい。私が動けなくなれば操られようが関係がない)」
覚悟を一瞬のうちに済ませて自分の体を破壊しようとするミリアナだが次の瞬間には頭部がカチ割られるほどの激痛が走り意識がまた消えてしまう。そして入れ替わる様にソウルサックがまたしても表へと出て来た。
「やれやれまだ抵抗できるとは……優秀な肉体と言うのも考え物ですね」
またしてもミリアナの意識は底の底へと沈んでしまう。だがほんの一時とは言えミリアナが表に出て来た事には意味があった。
こんな時でも我が身よりも自分を守ろうとしてくれる幼馴染の姿を見せつけられて黙っているムゲンではなかった。
ほんとう…どうしようもないくらいに馬鹿なのか俺は? 自分の体を乗っ取られてしまい一番不安であるはずのミリアナが俺を心配していると言うのに俺は何だ? 本当の力を解放してしまえば周りを傷つける? 自分には真の力を使いこなす事は不可能? どうしてもっと自分を信じられない? どうして何が何でもミリアナを救って見せると思えない? こんな軟弱なままで終わっても良いのかムゲン・クロイヤ?
思い返せばまだ力の使い方も知らなかった頃に自分は奥底に眠る竜の力を暴走させてしまった。それ以来自分の深層心理ではあの光景がトラウマとなり根付いてしまっていた。だからSランク冒険者になった今でも自分は真の力を解放しても〝使いこなせない〟と決めつけてしまっていた。
俺が全力をコントロールできなかった理由、それは間違いなくこの自分自身を見限っていた〝弱さ〟だったんだ。でももう大丈夫だ、もう力をコントロールできるかどうかなんて悩まない。
「少し待っていてくれミリアナ。これが俺の正真正銘の全力だ。全力でお前を助けるために俺はこの父から譲り受けた力を使ってお前を取り戻してやる!!」
決意の現れと共にムゲンは自分の奥底に眠る全力を解放させた。
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