奪われる幼馴染
目の前の青年の口から出て来た言葉にムゲンの思考が一瞬だけ停止した。自分がまだ物心つく前に死んだ父、その命を奪った張本人が目の前にいるコイツだと?
普通ならば家族の敵が目の前で名乗りを上げれば怒りで考えなしに突っ込むのかもしれない。事実頭に血が上りかけて踏み出し掛けてしまう。だが父との思い出がほとんど無かった事が功を奏したのかギリギリで無謀に飛び込まずに済んだ。
それ以上にムゲンはどうにもあの青年の持つ剣が不快で仕方がなかった。
相手の隻腕の青年は意外にもムゲンが向かって来なかった事に少し驚きを見せていた。
「てっきり感情赴くまま攻撃に来ると思いましたが意外にも冷静ですね」
「あいにく父との思い出は少ないもんでね。それに冷静に考えるとおかしな話じゃないか。お前が俺の父を殺した張本人だとして年齢が合わない気がするが?」
自分の父を殺害したのは青年だったそうだ。その時に片腕を奪ったらしいので特徴こそは一致する。だが年齢があまりにも若すぎるのだ。目の前の隻腕の青年は見た感じ自分と年齢も近い。もし父を殺害した張本人ならばもっと歳を取っているはずだ。少なくとも自分よりはまだ年齢が上の見た目をしているはずなのだ。
その点を指摘してやると青年は小さく笑って小声で呟いた。
「まあ自分にとってこの肉体は『本体』ではないですからね。自分が操った時点で成長も止まってしまっているんですよ」
何かをボソボソと呟いてはいるようだが小声過ぎて聞き取れない。
ひとしきりクスクスと笑い終えると青年は持っている剣をくるくると回転させながら更なる衝撃の事実を放り込んで来た。
「まあこのまま殺し合うのも味がありませんので自己紹介から始めましょうか。自分は巨大闇ギルド【ディアブロ】の第5支部支部長である『ソウルサック』と言う名を持つ〝物〟です。どうぞお見知りおきを」
ソウルサックと名乗る人物から出て来た言葉はムゲンだけでなくミリアナやモブル達にも衝撃を与えた。冒険者ギルドに所属している者ならば【ディアブロ】の名前は嫌でも耳にする。しかも支部長と言えば幹部クラスの大物だ。
「どうして闇ギルドの人間がこのダンジョンに来たのかしら? このダンジョンに【ディアブロ】にとって何か重要な用でもあって訪れたの? もしかして後ろの宝箱と関係が?」
「いえいえ、このダンジョンに来たのは完全に自分の身勝手な理由からですよ。自分の所属しているギルドは一切関係ありません。ただこのダンジョンに竜が生息していると言う情報を耳にして個人的な理由から足を運んだまでのこと」
そう言うとソウルサックの持っている剣から怪しげな光が漏れ始める。その剣先をムゲンの方へと向けると彼は続けてこう口にする。
「目的の竜はもう先に討伐されてしまったみたいですがあなたが居てくれて本当に良かった。この剣に竜の血を吸わせられるなら相手は誰でもいい」
「お前の眼は節穴か? 俺はどう考えても人間だろうに?」
「その言い方は正しい言い方ではありませんね。生憎竜の気配を自分は間違えることはありません。あなたは人と竜のハーフ、そうでしょ? あなたの体からぷんぷんと自分の大好きなドラゴンの匂いがしますよ。それに――あの日、自分があなたの父を殺した現場に居た幼子とあなたの気配も全く同じですよ?」
「……」
先程に自分は目の前の隻腕の彼が父を殺した人物とは別人だろうと鎌をかけはしたが今のセリフで内心では確信を持ってしまっていた。この男こそが自分の親殺しの張本人であると言う事実に。年齢がどう考えてもおかしいと言う点を除いては。
「さてお喋りはもうここまでで十分でしょう。今の自分は闇ギルドの人間としてではなくあくまで狩人として来ていますので。あなたの命を刈り取り血をすする狩人としてね」
「そんなふざけた事を許すとでも思っているのかしら?」
ムゲンへと舌なめずりをしているソウルサックを睨みつけながらミリアナが低い声で剣を向ける。
「あなたが【ディアブロ】の人間だと言うなら生け捕りが一番なのでしょうけどムゲンに危害を加えると言うなら容赦はしないわ。最悪その命を奪ってでも止めさせてもらうわ」
「随分と殺気に満ちていますね。そんなに隣の彼が大事ですか?」
「当たり前でしょう。世界で一番守りたい人よ」
まるで隠す様子もなくミリアナにそう言われてムゲンは少し羞恥心から頬を赤くしてしまう。そして離れた位置で様子を伺っているモブルは嫉妬から下唇を強く噛み血を滴らせている。
その様子はソウルサックの視界の端にも入っており人間に醜い嫉妬部分を見て思わず吹き出す。
だがソウルサックが吹き出した瞬間、その隙をついて既にムゲンとミリアナは一気に迫って来ていた。
「おやおや一瞬の隙を縫ってきましたね」
そう言いながらソウルサックは剣を構えてムゲンとミリアナの攻撃を捌き続ける。そこからはもはやモブル達ではついていくことの出来ない次元の攻防となった。
床や壁、天井などを蹴って超高速で部屋中を移動しながら衝突を繰り返す。しかも3人の速度は徐々に加速していき最終的にはモブル達では目で追いきる事すらできなくなっていた。
そして中央付近でひとしきり大きな衝撃音と共に3人の姿がようやく露となった。
ムゲンとミリアナにはいくつかの切り傷が付いていた。だがソウルサックにはそれ以上のダメージが蓄積されている様に見える。
「ぜあッ!!」
気合と共にミリアナがソウルサックの持つ剣を弾き飛ばす。だがそのコンマ数秒の後にミリアナの振り終わった剣を彼はつま先で蹴り飛ばして見せた。
だがムゲンが強化を施した拳を心臓付近にねじ込んで一気にソウルサックの体を地面へと叩きつける。
「よし手応えありだ!」
拳には骨や臓器を損傷させた手応えが確かに残っていた。もう完全に致命傷だろう。
地面へと打ち付けられたソウルサックは起き上がろうとしているが膝が震えている。その隙を見てトドメの一撃をさそうとミリアナは地面に着地すると同時に全速力でソウルサックの元まで跳躍する。その途中で自分の落とした剣の代わりに近くに落ちていたソウルサックの剣を掴んでそのまま一刀両断をして命を奪おうとする。
「これで終わりよ!!」
止めを刺そうと脳天目掛けて剣を振り下ろすミリアナだが……何故かその剣は頭部を触れる直前で急停止した。
「ど、どうしたミリアナ?」
どう考えても絶好のチャンスだと言うのに止めを刺そうとしない彼女にどうしたのかと問うが返事は帰ってこない。その様子を見てムゲンは嫌な予感がして彼女の元まで一気に駆け寄ろうとする。
だがムゲンが彼女の至近距離まで近づくとあり得ない事が起きた。それはミリアナの背中から殺気が放たれて自分を貫いたのだ。
「(ヤバい、何かがヤバいぞ!?)」
ギリギリで急停止すると同時にミリアナは振り返り、なんと自分に向かって剣を横なぎに振るってきたのだ。
間一髪で急停止した事で致命傷こそ避けれたが浅く腹部を斬られて出血する。
「ミ、ミリアナ……?」
いきなり自分に攻撃してきた彼女に話しかけると彼女は醜悪な笑みを浮かべながら口を開いた。その顔はまるで先程までのソウルサックと瓜二つの笑みだ。
「まんまと引っかかってくれたものですよ彼女も。わざと剣を落として拾わせたんですよ。自分が乗り移り先を彼女に変更するために」
そう言いながら醜悪な笑みを浮かべてミリアナは背後で動く様子の無いソウルサックの肉体を真っ二つにしてしまう。
大量に吹き出す返り血を浴びながらミリアナが深々と頭を下げながら楽しそうに語りだす。
「残念ながら自分はミリアナではありません。この体は今やこのソウルサックの所有物となりました」
その言葉と共にミリアナは剣に付着した血を舐めながらその正体を露にする。
「今まで本体だと思っていたあの人間の体はただの器。このドラゴンキラーの剣こそが自分の本体『ソウルサック』なんですよ」
もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。