現れたのは父親の敵だった
突如として自分達の前に現れた青年は一瞬でムゲンの間合いを侵略すると神速の一刀を彼の首へと滑り込ませてきた。並の冒険者ならば剣の軌跡どころか傍に近寄られた事すら気付かないだろう。だがムゲンもSランク冒険者として修羅場を潜り抜けて来た猛者だ。
剣の軌道を見切り咄嗟に魔力で強化を施した腕を狙いである首の間に挟み込んだ。その結果滑り込んで来た青年の剣は盾として挟み込んだ腕によって止められる。
防御として利用したムゲンの腕から灼熱感と痛みが走る。赤い血液の飛沫が青年や隣に居るミリアナの頬へと付着する。
「(ぐっ…なんだこの剣から伝わる〝不快感〟は。まるで得体のしれない生き物に噛みつかれたように感じるぞ…!?)」
並の刃物による攻撃程度ではムゲンの肌を傷つける事は基本は出来ない。しかも魔力を帯びて防御力を強化しているムゲンは逆に斬りつけてきた刃物を刃こぼれすらできるほどに堅牢だ。そんな圧倒的な防御力を誇る自身の強化された肉体を軽々と切り裂かれて驚くムゲンであるが、ダメージを与えられた以上に彼が驚いたのは隻腕の青年の剣から放たれる禍々しい気配の方であった。
自分の腕に剣が触れた瞬間に無機物が触れた気がしなかった。まるで生き物がへばり付いたような不快感に鳥肌が立つ。
ムゲンの顔が不快感に彩られている事とは対照的に斬りかかって来た青年の方はとても嬉しそうに邪悪な笑顔を浮かべていた。
「中々の反応速度ですね。そうでなければ狩り甲斐がありません」
そう言いながら続けてムゲンの体を切り裂こうとする青年だが凄まじい怒気を感知して彼はムゲンに向けていた剣の軌道を急転換して自分の胸部を守る様に剣を盾の様に挟み込む。その直後に凄まじい突き技が炸裂して青年の体は一気に壁際まで吹き飛ばされた。
壁に激突する直前で踏みとどまった青年は攻撃してきた人物の方を見ると小さく口元に笑みを浮かべて呟く。
「なるほどこの突きの威力、その気になれば竜の鱗をも貫ける威力ですね」
「何をヘラヘラと笑っているのかしら? この私の目の前でムゲンに血を流させて……無事に帰れると思ってないでしょうね」
心臓を貫くつもりで突きを放ち青年を吹き飛ばしたのはミリアナであった。
彼がいきなり現れた時は一体何者なのか、そんな疑問が頭の中に最初はあったがもうどうでも良かった。コイツは自分の目の前で大切な幼馴染を傷つけた。それだけで斬り捨てる理由としては十分過ぎた。
今度はミリアナの方が一瞬で隻腕の青年との間合いを詰め目にも止まらぬ斬撃の嵐を降らせる。だがその全てを青年は笑みを崩さず捌いて逆に彼女にカウンターの蹴りを入れて吹っ飛ばす。
咄嗟に蹴られるであろう部位に魔力を集中して防御力を底上げしたので骨が折れるまでには至らなかったが肺の中の空気が全て口から出ていく。
「調子に乗るな下郎…!」
腹部の痛みなど物ともせずにミリアナは感情が欠落したかのような能面で再度青年の方へと駆け出そうとする。
「だめだミリアナ!!」
「ム、ムゲン…!」
感情の赴くままに飛び出そうとする彼女を寸前で抑えるムゲン。
確かにミリアナの実力に関しては今の共闘でムゲンも十分理解している。だがこの突如現れた目の前の隻腕の青年はどこか危険な空気を感じるのだ。迂闊に突っ込んでは危険だと今も自分の胸の内で警鐘が鳴り響き続けるのだ。
ムゲンに肩を掴まれて無表情だったミリアナも冷静さを取り戻したようで相手の出方を伺い慎重に戦いを進めるべきだと判断してその場で構える。そして隣ではムゲンが目の前の青年の実力を瞬時に見抜きモブル達では敵わない事を悟った。
コイツ今の神速の域にあったミリアナの突きを余裕をもって防ぎやがった。それに本来なら数の不利がある多対一の状況でもむしろ嬉しそうに笑ってやがる。そもそもこのダンジョンに独りで最下層まで辿り着く時点でまともじゃない。正直あそこに居る4人では……。
実力的に考えるとモブル達ではこの隻腕の青年の相手は厳しいだろうと判断してムゲンは逃げるように促した。
「おいお前達は今すぐこのダンジョンを出ろ! コイツの相手は俺とミリアナがする!!」
逃げるように促された女性達3人は迷うことなくその指示に従おうとする。何しろミリアナと青年の竜巻の様な斬り合いを自分達は目で追いきる事すら出来なかったのだ。戦わずとも実力の違いを思い知らされたのだ。その心境はモブルも同じではあった。しかし自分の狙っていた女を横取りした男に心配をされ、挙句には足手纏いと言う判断から逃がそうとされる事は彼のくだらないプライドに傷を付けた。
「(くそったれ野郎が! この俺をお荷物と思ってやがんな。俺の女まで横取りしてマジで許せねぇ……)」
彼にとってはもっとも優先して死守すべき物は『自分の命』だ。だが自分が今この世で一番恨めしく思っている男に心配をされている事実に逃げ出そうとしていた脚が止まってしまう。
一方でもはやモブルに魅力など感じていない女性達は我先に逃げ出そうとする。だがこの部屋の入り口を抜け出そうとすると一番前を走っていた女性が見えない壁によって弾かれてしまう。
「な、何よコレ? 見えない壁が……」
鼻血を出しながら唯一の出入り口に張られている〝見えない壁〟に呆然としていると隻腕の青年が視線をムゲン達に向けたまま種を明かした。
「まあ簡易的な結界と言うやつですよ。とは言え自分は純粋な《魔法使い》ではないのでそこまで強固な結界ではありませんがね。とは言えあなた方の実力では抜け出すことは出来ないと思いますよ」
どうやらこの隻腕の青年、実力だけでなく抜け目も無いようだ。自分達に背後から声を掛ける前にはもう出入口を塞いでいたようだ。
そう思いながら青年を睨みつけていると彼は何かに気付いたのかポンと手を叩いた。
「ああ思い出しましたよ。どこかで感じた事のある気配だと思えば『あの時』の幼子ですか。随分と成長しましたねぇ」
「……何の話だ?」
「やはり憶えてはいませんか。ではこう言えば解りますかね? まだ母親の背中におぶさっているあなたの前であなたの父親を殺した張本人がこの自分です」
口元に大きく弧を描きながら放ったその言葉にムゲンは息を詰まらせる事しかできなかった。
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