幼馴染とのやり直し
いよいよこの章も終わり間近です。そして新章ではカインとホルンのパーティー【不退の歩み】の一員であるあの『少女』が物語に絡んできます。
竜との死闘の最中にムゲンはとてつもなく奇妙な感覚に襲われていた。
まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように幼馴染であるミリアナと自分はこの上なく滑らかに連携を取れているのだ。自分達の息の合った立ち回りに最強種である竜がどんどんと押されている。
どうしてだ……どうして俺は隣に居るこの幼馴染の次の行動が読み取れるんだ?
不思議なことにムゲンもミリアナも完璧な連携を取ってはいるが互いに指示を出したり名前を呼び合ったりしていない。だが口に出さずとも両者は何故だか隣に居る相手の行動がなんとなく理解できた。
次にミリアナが何をするのかが肌で感じられる。どうしてだ…俺は……この隣に居る幼馴染の事を〝信頼〟しているとでも言うのか?
ムゲンは未だにミリアナと正式な和解を果たした訳ではない。自分を故郷から追放した彼女に対しての憤りがまだ胸の内でくすぶっている。だがそれと同時にこのダンジョン内で自分の命を助けてくれた事実も確かにあるのだ。もしもミリアナが自分を心の底から嫌っていたとしたら自分をモンスターから助けてくれるだろうか? 自分と再会を果たして嬉しそうに涙を零すだろうか? いやそんな訳がないのだ。もし彼女が自分を本気で拒絶しているなら再会を果たした時に出て来る言葉は拒否を示すもののはずだ。
かつて彼女が別人の様に豹変した理由、彼女自身は村の狂った連中から自分を逃がす為だと言っていた。ただの醜い言い訳だと決めつけていたが冷静に自分の記憶を掘り返してみるとあの頃の村の大人達の視線は心底冷え切っていた。それにあの村で起きた醜悪な過去、罪の無い少女アメルダを水死させた事を考えるとあり得ないと言いきれない。
なあミリアナ…お前は本当に俺を守る為にあえて嫌われ役を演じていたのか?
竜を蹴り飛ばしながらムゲンはちらっとミリアナの顔を見た。
自分の視線に気付いた彼女は僅かに口角を上げ優しく微笑んでくれた。
ああその笑顔、何度も何度も見て来たなぁ。俺がいじめられて泣いている時にお前はいつも俺を安心させようとそんな風に笑って慰めてくれたなぁ……。
今の彼女の微笑みを見てムゲンは完全に確信した。ミリアナは自分を守る為に己の心を殺してでも自分を村に住む鬼畜共から逃がしてくれたんだと。
幼馴染に対して信頼を取り戻したムゲンは彼女へと大声で語り掛ける。
「次の一撃で勝負を決める! 最大限の威力を込めた一撃を二人同時に叩き込むぞミリアナ!!」
「う…うん! 一緒に戦いましょうムゲン!!」
ムゲンの口から自分の名前を呼ぶ声が聴こえてきてミリアナの瞳から涙が溢れた。だがその表情は決して暗いものではない。むしろその逆、自分をちゃんと見て名前を呼ばれた事に歓喜して出て来る類の涙であった。
表情から見て嬉し涙を流している彼女を見てムゲンはようやく理解した。
「(どうして互いに声も合図も出さずここまで連携を取り続けられたのか。そんな理由なんて1つしかないじゃないか…)」
結局自分はミリアナの事を信頼していたと言う事だ。過去に裏切られた事で一瞬は彼女に対して疑心暗鬼になっていたかもしれない。だがこのダンジョンで自分の事を介抱してくれていた時点で自分はもう彼女を信頼していたのだ。だって自分を〝どうでもいい存在〟だと思っているなら手など差し伸べてくれるはずがない。
どうして互いに声掛けをしなくても相手の行動が感覚で理解できるのか? それは自分がその相手を心から信頼しているから出来た芸当なのだ。そしてミリアナもまた自分を理解しているからこそ何も言わずとも息を合わせて戦えているのだ。
本当に俺は鈍い男だよなぁ。守ってもらっておいて一方的に恨み続けていただなんて……。
ムゲンがそう考えていると同時、ミリアナもまた頭の中でこう考えていた。
やっと私をちゃんと見て名前を呼んでくれた。でも私も本当に馬鹿だよね。何も言わず村から追い出すなんて恨まれて当然、彼を想うだけでなく彼とまた笑いあえる未来が欲しかったのなら真実を話すべきだったんだ。
真実を伏せられていたムゲンがミリアナを恨んでいた理由もある意味では仕方がなかったのかもしれない。だがまだ幼さ故に勢いに任せ順序立てて解決に走ろうとしなかった。幼馴染を守ると言う目的だけに目がいってしまい短絡的に行動を取ってしまったミリアナにも無理はないと言えるのかもしれない。
ほんの些細なすれ違いから何年も関係が引き裂かれていた少年と少女。だがまるで惹かれ合うように二人はこのダンジョンで再会を果たした。
「「(この竜を倒したら――ちゃんと謝ろう)」」
二人は一字一句違う事なく同じことを考えていた。
この戦いに決着を着けてまた元の関係に戻ろう。その想いを籠めて繰り出した拳と剣は竜の胴体を貫き、切り裂いた。
巨大な図体が沈んでいく光景を見つめながら二人は気が付けば互いに手を取っていた。
「……やったねムゲン」
「ああ…そうだな……」
手を握り合ったまま二人はゆっくりと互いの顔を見つめてそっと口を開いた。
「ごめんなさいムゲン。私の浅はかな行動のせいであなたの心に傷を付けてしまって」
「ごめんなミリアナ。お前はずっと俺を守ってくれていたのに信じてあげれなくて」
気が付けば二人は互いに抱きしめあいながら涙を流していた。
故郷を追放された日から長く続いた亀裂の入った二人の関係はこの瞬間にようやく元の形へと戻った。
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