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元Sランクの引き起こした惨劇


 ギルド内で急遽引き受けることとなったS難易度の依頼、その依頼を出した村へとムゲン達一行は向かっている真っ最中であった。

 目的地まではそれなりに距離があると言うことで移動は徒歩ではなく馬車を利用している。


 「………」


 揺れ動く馬車の客車の上ではソルは始終黙り続けていた。いつもはこのパーティー内でもっともうるさく場を盛り上げる人間が話さないためかムゲンとハルも無言のままであった。

 

 「(やっぱり自分を鍛えてくれた人間が冒険者を攫ったと言うのは思うところがあるんだろうな)」


 この依頼を受けていた前任の冒険者の話では死んだはずの彼女の師が生きていた。しかも同じギルドに所属していた冒険者に牙をむいたと聞かされて頭の整理が追い付いていないのかもしれない。

 地図で教えてもらった目的の村まではまだそれなりに距離がある。その間を重苦しく圧し掛かるかのような空気ではダメだと理解しつつもムゲンもハルもどんな言葉を掛ければよいのか分からないでいた。

 

 だがその重たい空気を出している張本人であるソルがここでようやく口を開いた。


 「正直さ…私はあの人に少し憧れを持っていたんだよ。まだひよっこだった頃の私に《魔法剣士》としての基礎やら色々と教わってカッコいい女性だと思っていた。付きっ切りで鍛えてもらった訳でもないから愛弟子と言うわけではないんだけどな……」


 ムゲンに命を救われた日からソルもハルも彼に追いつきたいと言う思いから一心に力をつけ続けていた。その結果今や彼女達はSランクの冒険者にまで成長を遂げた。だが彼女達もだれにも頼らずここまで成長を果たしたわけではない。ランクを昇格していく過程で他の冒険者のアドバイスなど支えがあった。そしてソルにとってソルド・カメアは《魔法剣士》として進むべき指針となった人物でもあった。


 「生きていたことは嬉しく思う。だがもし罪のない人間に仇成すほどに落ちぶれているなら私が止めてやる」


 彼女はそう言うと腰に差している剣を強く握りしめる。その瞳には氷のように冷え切っている光が宿されて微塵の躊躇いも見て取れなかった。


 それからしばし馬車に揺られてようやく目的の村へと辿り着いた三人だが視界に入り込んできた光景を見て呆然としてしまった。


 「ひ…ひどい……」


 口に手を当てながらハルは村の中に描かれている惨状に息をのむ。


 辿り着いた村は既に荒らされ放題の状態だったのだ。

 立ち並んでいる民家はバラバラに破壊され、村の中で耕されていたであろう畑はぐちゃぐちゃになっており作物が辺りに散乱している。そして村のあちこちでは村人が幾人も倒れている。見た限りでは倒れている村人は皆かなりの重傷を負っている。

 三人は慌てて倒れている村人達へと駆け寄るがどうやら時すでに遅しだったらしい。村人たちはぐったりと生気のない顔をしておりおびただしい量の血を流している。


 「……これは明らかにレッドボアじゃなくて刀剣の類でやられているな。モンスターにやられてこんな綺麗な切り口が残るとは考えられねぇ」


 ソルの言う通り息を引き取っている村人たちの亡骸は体を切断されたものが多い。そして傷の断面を見ればそれが猛獣の爪や牙ではないことが見て取れる。


 「この惨劇はやっぱりソルド・カメアの仕業だろうか?」


 「だろうな。くそっ、何で村人達を……! 攫われた冒険者達は無事なのか?」


 間に合わなかった悔しさからソルは行き場のない怒りを地面を殴りつけることで抑え込もうとする。それは他の二人も同じで歯を強く噛み無念の表情を顔に張り付けて亡くなっている村人達に謝罪を述べる。


 たらればを言っていても仕方ないがすまないな。もし俺達がもう少し早くこの村に到着していたら……。


 「お、お客さん。これ…もしかしなくてもかなりヤバい状況だよな。俺はもう行かせてもらうぜ……」


 後ろを振り返ればここまで自分達を運んでくれた御者の男は青ざめた表情をしている。それでも叫び声の一つも上げないのはこれまで何度も冒険者を危険地帯に送り修羅場を目撃しているからだろう。とは言え冒険者の自分達とは違い戦うすべも持っていない。いち早くこんな物騒な現場からは離れたいのだろう。

 むろん引き留める気などさらさらないのでムゲンはここまで運んでくれた礼を言うと代金を払い今すぐ離れるように言う。


 受け取るべきものを受け取ると御者はそそくさと御者席へと戻り馬を発進させこの場を退散した。


 「……行くか」


 ムゲンは抱きかかえていた亡骸の瞼を手で閉じると二人と共に村の中へと歩を進めていく。

 民家が立ち並んでいる集落の辺りを歩いているとハルは思わず目を背ける。村の入り口付近よりも無残に殺された骸の数が多く血の匂いも濃い。中には小さな子供だって転がっておりソルは思わず下唇を噛んで怒号を上げたい気持ちを飲み込む。


 「倒れている全員が切れ味の良い刃物で斬りつけられて致命傷を負っている。これだけの数の人間をソルドが……!」


 かつて駆け出しの自分に優しく手ほどきをしてくれた慈愛を感じさせる《魔法剣士》がこの惨劇を作り上げたとソルには信じられなかった。いや、信じたくなかったと言うべきだろう。

 

 それからさらに村の中央まで進んでいくと元々はこの村で退治の対象であったレッドボアがあちこちに切り裂かれ転がっていた。その傷跡は道中で見てきた村人達と同様に刀剣の類でやられたことが一目瞭然だった。


 「レッドボアの死骸があちらこちらに…やはりこの村の惨状はレッドボアではなく前任の冒険者が見たという……」


 そこまで言うとハルはあえてそれ以上先は口に出さなかった。やはり友人を僅かばかりとは言え育ててくれた人物の名前を出したくはなかったのだろう。

 だがそんな彼女の考えをまるであざ笑うかのようにハルが口を閉じたと同時に遂にその人物はムゲン達の目の前に姿を現してしまった。


 「……本当に生きていたんだな。ソルドさん……」


 「………」

 

 ソルの言葉に対してソルドからの返答はなかった。ただ無言で三人のことを見つめている。

 彼女の持っている剣には多くの返り血が付着しておりこの村での凶行を働いた確たる証拠を隠そうともしない。できることなら信じたくなかった現実にソルは目の前に現れた人物を苦々しい顔で見据える。かつてはギルド内で多くの冒険者達から羨望の眼差しを向けられていたSランク冒険者のソルド・カメアその人であった。

 自分に《魔法剣士》として進むべき指針となってくれた人物を前に彼女は腰に差している剣を引き抜くのを躊躇いなぜこのような非道を行ったのか尋ねる。


 「何で私たちのギルド内では誰もが憧れていた人格者のあんたがこうまで豹変した? それにウチの冒険者も攫って何を考えている?」


 その言葉に対しても相も変わらず無言を一貫し続ける。

 そしてソルドは足に力を籠めると一気にソルへと跳躍してきた。


 「くそっ、何も言わない気か!」


 自ら剣を引き抜くのを躊躇していた彼女であるが向かってくる以上は仕方がない。腰から自らの相棒を抜くと振り下ろされるソルドの一太刀を受け止めて見せる。

 激しい金切り音や火花と共に真上から振り下ろされた剣を受け止めたソルの足が地面に亀裂を走らせわずかに潜む。


 「この威力…やはり見かけだけの偽物じゃないか!」


 まるでハンマーでも振り下ろされたかと錯覚するほどの威力にソルは歯を強く噛み締めながら魔力で肉体の強化を施す。そのまま引き上げたパワーを用いて自らの剣を横に一閃させる。

 ソルの斬撃を受け止めるソルドであるが防御したはずの彼女の剣は一撃で折れたのだ。


 「私の相棒をそんな鍛えの甘い剣で防げるはずないだろ」


 そう言いながらソルは剣の切っ先をソルドへと突き付ける。


 彼女の持つ剣は並みの武器ではあえなく今のように破壊される。鍛えが甘い剣ならばつばぜり合いでもへし折れるほどだ。


 Sランク冒険者のソルが持つ剣は竜殺しの剣と呼ばれている。その理由はその剣に使われている材料にあった。彼女の持つ剣の名はバラウール、この名はとある1体の竜の名前でありこの剣はその竜の牙を加工して作られたものなのだ。

 竜の一部分を用いて作られた武器はドラゴンキラーの武具とも呼ばれ並大抵の魔道具では歯が立たない。もし彼女の持つ剣、バラウールに対抗できるとしたらそれは同じく竜の一部分を用いて作られたドラゴンキラーの武具だけだ。


 へし折られた剣を適当に放り捨てるとソルドは腰に差してあったもう1本の剣を抜く。そのまるで血のように真っ赤な剣は彼女がSランク冒険者として名を轟かせていた頃の最強の剣。


 「懐かしいなその剣を見るのは。私と同じ竜殺しの剣――サラマンダー……」

 

 ギルド最強の一角と呼ばれた《魔法剣士》の持つ赤い剣からは真っ赤な炎が轟々と燃え盛っていた。



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[気になる点] アンデッドなんじゃないか?ネクロマンサーでもいたりして
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