現在と過去、重なる幼馴染の姿
ポイズンスパイダーによる毒牙がムゲンの頸動脈を掻っ切ろうと迫りつつありムゲンの顔からは汗が噴き出す。体が毒によりマヒしているこの状態では完全に思考に肉体の動きが付いていけていないのだ。完全にワンテンポ遅れて首を守ろうとするムゲンだが腕を動かしながらもムゲンは間に合わないと自覚していた。
だがムゲンの首にポイズンスパイダーの牙が突き刺さる直前、目の前で蜘蛛の頭部が胴体と切り離された。
「な…何だと……」
間一髪で頸動脈を噛み切られる事は免れたムゲンは思わず安堵の息を漏らす。だがすぐに何が起きたのか状況の判断に努めた。
一体今何が起きたんだ? この蜘蛛が俺の首筋に牙を突き立てようとするよりも速く何かが蜘蛛の頭部と胴体の間を通り過ぎて行ったぞ。その何かが通り過ぎていきこの蜘蛛の頭部と胴体が切断された。
体の動きこそは毒のせいで鈍くなっていたが眼球の動きは正常であったためにムゲンの瞳は確かに捉えていた。何か薄ぼんやりと光っている〝剣〟の様な物が通り過ぎて行った。しかもその剣は蜘蛛を通り抜けその背後の壁までも縦に切り裂いていた。
深々と切り裂かれた石造りの壁を見つめながらムゲンは今の自分の窮地を救ってくれた攻撃の正体を見抜いた。
「あの壁に付いている傷跡……斬撃の…後だよな。もしかして今の攻撃の正体は……」
良く見てみれば蜘蛛の切断面までまるで刃物で切り裂かれたかのような綺麗な断面だった。まるで良く研がれている剣で両断されたかのようにだ。そして瞬時に何が起きたのかムゲンは全て悟った。
「間違いない。今のは…斬撃が飛んできたんだ。そして飛んできた斬撃が蜘蛛を一刀両断した。だが斬撃を飛ばすなんて芸当が出来るヤツなんて相当なレベルの《剣士》でないと不可能だぞ……」
自分を助けたのは誰かは分からないが相当な剣の達人である事は理解できた。だが一体どこの誰が自分を助けてくれた?
そこまで考えが及ぶとムゲンの脳裏に先ほど剣を携えて再会を果たした幼馴染の姿が思い浮かんだ。
そう言えばアイツも剣を腰に差していたな。じゃあまさかミリアナが俺を助けてくれたのか? はは…何を都合の良い淡い幻想を抱いているんだろうな俺は。心のどこかでミリアナが本当は心の優しい幼馴染だったと信じたいがため都合の良い幻想を俺は抱いているだけだ。
そこまで内心で喋っていると急に眩暈までしてきた。今までは体が軽いマヒ状態で済んでいたが即効性の強い毒のせいで気分まで悪くなってきた。急いで解毒薬を喉の奥に流し込もうとするがもう解毒薬の小瓶を握る力もなくなり瓶をその場で落として中身をぶちまけてしまう。
「(ま、不味いぞ。毒の進行が進み過ぎて力どころか意識まで薄れて来た……)」
新しい解毒薬の小瓶を超スローモーションで取り出すがその瓶を握る指に力が入らない。そしてまたしても小瓶を落としてしまいそうになる。
だがムゲンの指から小瓶が落ちると同時に何者かが地面に叩きつけられ瓶が割れるギリギリでキャッチした。
「だ、大丈夫ムゲン? このポイズンスパイダーの毒にやられたのね!」
「お…お前……どうして……?」
意識も絶え絶えになりながらも自分の体を支えて解毒薬を飲ませてくれる人物に目を向ける。
そこには先ほど拒絶したはずの幼馴染ミリアナが自分を介抱してくれていた。彼女は小瓶に入っている解毒薬を少しずつムゲンへと飲ませてあげる。
自分を助けようと動いている過去に裏切ったはずの幼馴染。つまりは今の斬撃で自分を助けてくれたのも彼女と言う事になる。その信じがたい事実にムゲンは靄のかかる頭を必死に働かせながら何故自分を助けるのかを問う。
「ど、どうして俺を助けようとする」
「決まってるよ。だって……あなたは私にとって大事な幼馴染なんだもん」
今にも泣きだしそうな表情を浮かべながらそう迷いなく口にしたミリアナ。その顔を見てムゲンの瞳には現在のミリアナの顔にかつて自分を何度も救ってくれた幼い彼女の顔が重なった。
ふざけるな、何が大事な幼馴染だ。今更そんな耳当たりの良い言葉を並べたからと言って俺が気を許すと本気で思っているのか? そう口に出そうとするが何故だか思い浮かべた罵声が彼の口から言葉に変換されて出て来る事はなかった。それは体がマヒ状態だから言えなかった訳ではない。
「(くそ何で今更ミリアナの姿が〝ダブる〟んだよ!?)」
自分を助けている今のミリアナの姿は過去の優しかった頃の彼女と重なって見えてしまうのだ。そう、裏表もなくいつだって損得勘定などせず自分に純粋な心から手を差し伸ばしてくれたあの〝優しかった〟ミリアナと今のミリアナが変わらぬ姿でムゲンの瞳には映ってしまうのだ。
もしかしてミリアナは本当に俺を守る為に村から追い出したのか? 俺は……今のこの状況と同じく過去も拒絶されていたのではなく本当は守られていたんじゃないのか?
そこまでがムゲンの思考力が働く限界時間であった。意識が薄れ何とか解毒薬を飲み干した彼の意識はそのまま闇の中へと沈んでいったのだった。
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