互いに感じ取る懐かしさ
「ここが目的のダンジョンの入り口…か……」
ドールに渡された地図を片手にトレド都市を出て目的のダンジョンの入り口前までやって来たムゲンだが、このダンジョンに突入する前からかなり困難な仕事になる事が簡単に予想できた。
何故ならダンジョンの入り口付近から既にモンスターの遺体が見えてしまっているのだ。更には異臭までもが漂っているのだ。この鉄さびの様な匂いは間違いなく血の匂いだろう。
「基本的にダンジョンの最初の入り口ではモンスターは姿を見せないもんだがな……どうやらこのダンジョンに入った直後にモンスターからの歓迎も十分にあり得るな」
そんな事を考えているとダンジョン内から何やら人の悲鳴が聴こえてきた。
「おいおい断末魔の声が聴こえて来たぞ。しかも入り口まで聴こえてくるなんて……」
確かにダンジョン内では声が反響するかもしれない。だが入り口から既にこんな悲鳴が届いてくるなんてかなり異常な事態とも言えた。
ダンジョンと言うのは下層へ行くほどに力を持つモンスターが控えて居るのがセオリーだ。逆に言えばまだ入り口付近は低レベルのモンスターや、そもそもモンスターが居ない事が基本だ。しかしまだ入り口の前から既に人の悲鳴が聞こえてきた、それはつまり入り口付近からこのダンジョンに入って来た者を阻む厄介なモンスターが居ると言う事になる。今聴こえてきた悲鳴は冒険者かどうかは判らない。別にダンジョン内に侵入して良いのは冒険者だけだと言う決まりはない。腕の立つフリーの人間がダンジョン内に眠る宝が目当てで足を運ぶこともある。現に今の自分だって冒険者としてこのダンジョンに訪れたわけではない。
「今の悲鳴が誰であれダンジョンに潜るヤツは腕に自信のあるヤツと相場が決まっている。つまりそんな一般人よりも腕の立つ人間が序盤から苦しめられるレベルのダンジョンって訳か。やれやれ…あの人間嫌いの2色ヘアーめ、難儀な要求を真顔でしてくれちゃって……」
とは言えここでぶつくさと文句を垂れても仕方がない。軽い準備運動を済ませるとムゲンは躊躇いなくダンジョンの内部へと侵入した。
そして予想していた通り歩いて10分もしないうちにモンスターの群れが襲い掛かって来る。
「くそ、早速大歓迎だな!!」
最初に現れたのは蝙蝠の様な外見をしているモンスターの群れであった。ぱっと見てみると普通の蝙蝠とほぼ変わらぬ姿をしているがそのサイズは2倍以上ある。間違いなく動物でなくモンスターの類だろう。
「ギシャアァァァァァァ!!」
耳障りな声と共に全ての蝙蝠がムゲンの肉へと食らいつこうと襲い掛かって来る。集団で束となり襲い来るその光景はまるで1つの巨大なモンスターに見える。
だがこの程度のモンスターならば今更ムゲンの敵ではない。彼は特に取り乱すことも無く腕を大きく引くと拳の先から拳圧を飛ばして全ての蝙蝠を叩き落とした。
「これは……」
全ての蝙蝠を撃破すると少し離れた場所に2人組の男性が転がっていた。
まるで絞り切った雑巾の様にカラカラとなっており恐らく今の蝙蝠達に血液でも吸われたのだろうか? どのみちもう既に二人とも息を引き取っていた。
「さっき聴こえてきた悲鳴はもしかしてこいつ等か? 見た感じ冒険者って感じじゃないな。宝目当てでやって来た輩か…」
亡骸を通路の端に寄せるとムゲンはそのまま歩を進め続けようとする。
「……何だこの感覚は?」
この時、ムゲンは何か奇妙な違和感を背後から感じていた。
別に殺気を当てられたとか、入り口の時のように人の悲鳴が聴こえたりモンスターの鳴き声が耳に入って来た訳でもない。
だがムゲンは確かに背後から迫る〝違和感〟を本能的に察知していた。そう…これはあえて言うなら〝懐かしさ〟に似た感覚だった。
「誰だ……誰が今ダンジョンに入って来た?」
◇◇◇
ムゲンが違和感を感じていたその頃、ダンジョンの入り口には2組の冒険者が到着していた。
1つはソロでありながらSランク冒険者であるミリアナ・フェルン。そしてもう1組はモブルと言う青年が率いる4人組のパーティーであった。
「とても濃い血の匂いね。これまで攻略してきたダンジョンよりも難易度が高い事が良く分かるわ」
Sランク冒険者であるミリアナはこれまでの経験から今回のダンジョンの難易度をすぐに察した。険しい表情でその事実を口にすると背後から馴れ馴れしく声を掛けられた。
「大丈夫ですよミリアナさん。どんなモンスターが現れようとも僕が守ってあげますからね」
今回のダンジョン攻略にミリアナと一緒に選ばれたAランクパーティーのリーダーを務めているモブルがそんな事をミリアナに言ってくる。
頼りがいのありそうなセリフを口にしているモブルだが、彼よりもミリアナの方が冒険者としてのランクが格上なので彼女からすれば身の程知らずと思ってしまうのも無理ないだろう。思わず口から溜息が漏れ出てしまうが何を勘違いしたのかモブルはこんなセリフを吐いてきた。
「そんな怯えた表情をしなくても大丈夫ですよ。もしもの時は僕が身を挺してでも守りますからね」
そう言いながら爽やかな笑みを浮かべるモブル。
どうやら彼の眼には呆れている自分の姿が屈折し、不安そうに震えている様に見えているらしい。本当にどこまでもおめでたい男だ。
「ちょっとミリアナさん。折角モブルが守ってあげるって言ってくれているのにその態度は失礼なんじゃありませんか?」
彼と一緒にパーティーを組んでいる女性の1人がミリアナの態度に責めるような物言いをしてきた。
モブルと一緒にパーティーを組んでいる彼女達は完全にモブルの虜であり、何よりも彼と言う存在を優先的に考える。だから彼が普段からしつこく自分に付きまって来る事も責めるどころか無下にしているミリアナの方が失礼だと考えているくらいだ。
「(本当…こんな風な貞操観念の低い女性にはなりたくないわね)」
ダンジョンに突入する前からいざこざは避けたいので適当に謝っておいた。
それよりもミリアナには少し奇妙な違和感がここに来た時から湧き上がっていた。別にダンジョンに向かう事やその中で待ち構えているモンスターに対して恐怖を感じている訳ではない。
「(どうしてかしら……このダンジョンの中から上手くは表現できないけど…こう〝懐かしい〟空気を感じるのは……)」
先に突入しているムゲン同様にミリアナもまた本能的に幼馴染の存在を肌で感じていた。
そしてこの後、数年間の時を経てついに少年と少女は再会を果たす事となる。
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