ミリアナの後悔物語 3
ムゲンが村を出て行ったその翌日から村人達はまるで何か喜ばしい事でもあったかのように清々しい笑顔を浮かべて村を歩いていた。それは自分の両親にも言えることだ。毎日自分にムゲンとは関わるなと言い続けて常に渋面を浮かべていた両親はとても嬉しそうに笑いながら朝食を食べていた。
何故これまでと打って変わり両親を含め村のほとんどの人間が上機嫌になったのか、その理由をミリアナは察していた。だが認めたくなかった。
「今日は随分と機嫌良さそうだねお父さん。それにお母さんも朝からこんな豪華な食事なんてなにかお祝い事でもあったの?」
朝一からコストのかかっていそうな朝食を前にミリアナは何かの記念日なのかと二人に問う。そして二人は何一つとして取り繕う事もせず惨たらしい発言を口にした。
「いやぁこの村からあの〝化け物〟が居なくなってくれたからな。これで村の人間達も毎日不安に怯えず過ごせるよ」
「そうねぇ。ムゲン君が居なくなったからミリアナにも危害が及ぶ心配もなくなったしねぇ」
この時にミリアナはこの両親をぶん殴ってやろうかと本気で考えていた。
ふざけるなよお前達。普段は村の人間同士で助け合って仲良く生きるように自分に教えを説いていたのはどこの誰だ? ムゲンだってこの村の立派な一員のはずだろ? それなのにあんなにも露骨に疎外して胸が痛みはしないのか? そこまで勝手な事を言うならお前達が彼の立場に立たされても仕方がないと割り切れるんだろうな?
怒りのあまりミリアナは体内の血管が千切れるのではないかとすら思った。
こうしてコイツ等が笑顔を浮かべている背後では息子が急に居なくなった事を彼の母は嘆いているのに……当てもなく村を出てしまったムゲンだって果たして生きていけるのかすら分からないのに……。
「それにしてもミリアナも良くやったぞ。聞けばあのガキに石を投げて出ていくように言い続けていたらしいじゃないか。本当によくやったぞ」
本来であれば他人に石を投げるなどと言う行為を知った親は咎めるだろう。だがこの父はあろうことか自分の行いを褒めて来た。
今まで優しかった両親が見る影もなくミリアナには醜く見えて来た。
何が『よくやった』だ。私が好き好んで自分の初恋の人を攻撃したと思っているのか? お前達が……お前達が陰でムゲンを殺す計画を企てていたから苦渋の決断をせざるを得なかっただけだ。だけど今のお前達の発言で私は心底自分の行いを悔いているよ。こんな事ならお前達の元を去ってムゲンと一緒に村から逃げ出せばよかった。腐っていたとしても家族と言う理由でまだお前達を完全に見限らなかっただけだ。だが今のお前達のやり取りを聞いてもう決心したよ。お前達の様な親の元にいつまでも居る気はない。
憎悪の籠った視線を両親に向けると二人は和気藹々と言った感じで朝食を食べていた。その姿を見ると今どこかで空腹で苦しんでいるムゲンの姿が浮かび上がる。
「うがああああああああああ!!」
気が付けばミリアナは叫び声を上げながらテーブルをひっくり返していた。
テーブルの上に乗っている朝食が床に散らばり、そこから皿を拾い上げて床に叩きつけていた。
「な、何をしているんだお前は!?」
いきなり癇癪を起した娘を止めようと父が手を伸ばす。
だが伸ばされた手を払いのけるとミリアナは手に持っている食器を父の顔面に投げつけてやった。
「ぐわぁ!? い…いてぇ…」
「大丈夫あなた!? ミリアナ! いきなりどういうつもり!?」
「………」
割れた皿で額から血を流す父を庇いながら母が怒りの表情を向けて来る。それに対してミリアナはあえて何も言わずに部屋を出ていった。
何を言っても無駄だと言う事をもう理解しているからだ。自分がここでムゲンを村中で追い詰めた事を責めたところで間違いなくこの二人はなぜ自分が怒りを覚えているのか理解できないだろう。だったら言葉を口に出すところで無駄だ。
「(もういい…お前達は口で言っても何も理解できない異常者達だ。だったらもう何も言わない。もうお前達を同じ人間とは思わないでこの先を生きていく……)」
この日を境にミリアナは自分の両親や村の連中と必要以上に関わりを持つ事をやめた。
挨拶をされれば返す、話し掛けられれば最低限の返答だけ返す。だが自分からこの村の連中に接する事は一切やめた。
そしてその代わりの様に彼女は村の片隅で剣を必死に振るうようになった。それは村の大人たちからムゲンを逃がす為に戦おうとしなかった弱い自分から脱却するため、そして出来る限り早い段階でこの村から発つためであった。今の自分はまだ力の無い子供だから仕方なく村に留まっているが、独りで生きていける力を身に着けたのならばこんな村なんてすぐに出ていくと決心した。
村の連中の事は同じ人間だと思う事はなかったがそれでもスーザンだけには時々顔を見せに行った。
自分が訪問するたびに彼女はまるで自分の事を本当の娘の様に扱ってくれて、この村で彼女の家こそが自分の本当の家庭よりも心を許せる場所になっていた。そしてその優しい対応をされるたびに彼女の息子であるムゲンを追い出した自分に罪悪感を感じて胸が痛みもした。
そしてミリアナが14歳となった誕生日の翌日、彼女は両親にも何も言わず村を出ていったのだった。
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