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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
自由な速さで。
92/369

92話

 今日も今日とて、快晴で洗濯日和。本当なら外に干したいけど……と考えながら、ブランシュはランドリールームで洗濯物を回す。少しずつ、洗濯機の回る音が好きになってきた。汚れが落ちていく音。とても気持ちがいい。


 他に空いた洗濯機には、少量だがフォーヴも洗う。洗剤などはブランシュから借りた。


「悪いね、一緒に使わせてもらっちゃって。しかし、やっぱりお隣だからか、洗濯はあまり変わらないね。カルゴンを入れるのも一緒。外に干せないのも」


 カルゴンは硬水を軟水に変化し、洗濯槽や排水管のカルキの付着を防ぐ薬剤だ。これをしないと、例えば白いシャツを洗うと、カルキのせいで灰色になってしまったりするので、必須となる。


「ベルギーもなんですか? ウチは実家だと外に干してますし、やっぱり外に干して、太陽浴びないと、洗濯したって気がしません」


 乾燥機もいいのだが、やはり太陽には勝てない、とパリに住んで間もないブランシュは思う。そのうち気にならなくなるんだろうか。


 イタリアなどではナポリなど、外に干す地域もあるが、ヨーロッパでは外干しを禁止しているところは多い。ベルギーはアパートでは基本禁止だ。


「乾燥機ばっかりだからね。少し羨ましいよ」


 太陽で乾かすというのに、少しの憧れをフォーヴは持っている。さらに、元から軟水というのも羨ましい。同じ国でも、地域によって硬水と軟水が違うところもある。スペインもマドリードは軟水と聞いた。羨ましい。


 そんな各国の情報を交換しつつ、お互い洗うものは全て放り込んだ。お湯の温度も大丈夫。


「とりあえず一旦戻りますか。ニコルさんは……まだ寝てるでしょうけど……」


 昨日、洗濯当番を飛ばしてしまったので、今日こそは、とニコルは息を巻いていたが、結局はこうなった。もちろんブランシュはわかっていたので、先読みして洗濯する。


「大変だね、毎日」


 自身は三日だけだが、ずっと一緒のブランシュを思うとフォーヴは若干同情する。


「ん?」


 ひとつ角を曲がり、自分達の部屋を見据えると、ドアの前に誰かいる。寮長……ではない。不審に思ったブランシュは声をあげた。


 同時に気づいたフォーヴも、状況を把握する。


「部屋の前に誰か、いる?」


 制服を着ている。女性だ。あぁ、初めて生でモンフェルナの制服を見たな、と感想を抱いたが、とりあえず不審者ではない、かもしれない。一応、カギはかけておいたが、開けようとしている様子もない。


「います、ね。どなたでしょう? 他の階の方からのクレームとか……だったら申し訳ないです……」


 なにかやった記憶はないが、ニコルがなにかやった可能性は充分にある。おそるおそるブランシュは声をかけてみる。


「おはようございます。どうされましたか?」


 声をかけられ、少女は少しびくびくとしながら返答する。人見知りするようだ。


「あ、あの。おはよう、ございます。あたし、ここに行くようにって……言われてたんですけど、なにか聞いてますか?」


「「あ」」


 二人には思い当たるふしがある。昨日、ニコルが言っていたこと。


 先陣を切ってフォーヴが握手を求める。


「もしかしてピアノの? キミか、今日はよろしく。助かるよ。フォーヴ・ヴァインデヴォーゲルだ」


 握り返しながらも、まだなにか疑り深い様子を少女は見せる。まるでここに、なにをしにきたのか知らされていないかのよう。


「よ、よろしく……?」


「私は、ブランシュ・カローと申します。朝早くから申し訳ありません。今日はよろしくお願いいたします」


「は、はい。よろしく……?」


 ブランシュとも握手をするが、なんのことだか、少女はまだピンときていない。


「?」


 お互いに顔を見合わせたブランシュとフォーヴは、頭に疑問符が浮かぶ。この人じゃ、ない? 人違いだろうか。新しい寮生?


「で、キミは?」


 とりあえず、フォーヴは話を進める。このままでは埒があかない。


 数秒固まり、その後、ハッとした少女は、口を開いた。


「あ、名前か。あたしは——」


 と、それを遮るように、勢いよくドアが開かれた。


「来たかーッ! よく来てくれた!」


 中から寝起きのニコルが、寝起きとは思えないテンションで出てくる。手を握り、ブンブンと振り回しながら固く握手をする。


 ドアの間近にいたら一撃くらっていたな、とフォーヴは冷静に処理した。しかし。


「……あれ?」


 手を離し、正面から、背後から、横からニコルは少女を見定める。そしてひと言。


「誰?」


 眉を寄せて、じっと見つめる。記憶を頼るが、誰にもヒットしない。というか、予定していた人ではない。


「え」


「ピアニストじゃないのかい?」


 若干の「やっぱりか」という気持ちを持ちつつも、ブランシュとフォーヴは驚く。反応からそんな気はしていた。


 ピアニスト、という言葉に反応し、少女は肯定した。


「あ、今日ピアノを弾いてきてくれと頼まれました。よろしくお願いします」


 やっぱり正しかったんだ、となんとも言えない複雑な感情になったブランシュとフォーヴ。だが、せっかく来てくれた。救世主であることは間違いない。


「よろしく。名前、聞いてもいいかな?」


 と、フォーヴが問う。


「はい、ベル・グランヴァルと申します」


 胸を張ってベルは答えた。色々ここに来るまで不安だったが、やることがわかってとりあえずは安心、という表情だ。ベアトリスからは部屋番号だけ聞かされていた。やることはなにも。


 そのヴァイオレットの瞳をまじまじと見つめながら、ニコルは返す。


「……誰?」

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