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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
自由な速さで。
89/369

89話

 順番にいくとそうだろう。三で割り切れる全六番。フォーヴもなんとなく読めてきた。


 しかし、ブランシュは「いえ」と違う可能性を示す。


「最初は私もそう思いました。しかし、この『無伴奏チェロ組曲』、この曲が世に知られる経緯を思い出した時、私はこちらのほうがしっくりくると感じたんです」


 ブランシュと視線が合うと、意図を読み取ったフォーヴは頷いた。そういうことか、と納得の表情。


 相変わらず置いていかれるニコルは、両者の顔を見比べる。はいはい。


「バッハでしょ? 有名じゃん、出来上がってすぐに話題になったんじゃないの?」


 その問いに答えるように、静かにフォーヴは口を開いた。

 

「……パブロ・カザルスか。なるほど。それは盲点だった」


 くっく、と笑い声を漏らして顔を上げる。もう一度深く頷いた。


「誰?」


 脳のどこを突いても出てこない名前? 地名? を耳にし、ニコルはいつものように両者に説明を求む。


 ここまでは一連の流れ。ブランシュが説明に入る。


「『無伴奏チェロ組曲』を広めた人物です。実は、バッハのこの曲は長いこと無名だったんです。しかし、一九世紀の終わり頃、スペインのバルセロナにある、楽譜店でこの曲を見つけた少年のパブロは虜になってしまいます」


 それを受けて、続けて緊張と興奮で体を揺らすフォーヴが、奪うように語る。


「そして、一〇年以上、チェロの奏法に試行錯誤しながら、ついに自身で納得のいく『無伴奏チェロ組曲』を弾けるようになった。それを聴いた聴衆が、バッハのこの曲に注目しだしたってこと。彼がいなかったら、チェロというものはここまで進化しなかった。チェリストからしたら、神様のような人物さ」


 そもそも、バッハは生前は無名に近い存在であった。彼が生きていた一八世紀初め頃の音楽は、イタリアやフランスといった国々が最先端を走っており、ドイツはまだそこに達してはいなかった。その後、ベートーヴェンなどの古典派と呼ばれる、多くの名作曲家がドイツから生まれたが、バッハはむしろ子供達のほうが有名であったほどだ。


「ってことは、ミドルとラストはどうなるんだ? 第二番から六番がミドル。ラストは……パブロ?」


 話をある程度理解し、繋ぎ合わせたニコルが結論を予想する。パブロの香りってなに?


「はい。ラストは曲、というのとは少し違うかもしれませんが、彼の紡ぎ出した『無伴奏チェロ組曲』そのもの。ミドルにはマグノリア・リリーオブザバレー・キャラウェイで、快活、そして落ち着いた情熱からの、悲しみと希望を表現し、ラストにはこれ以外ありません」


 そうブランシュは結論づけ、ひとつの黒いアトマイザーをテーブルに差し出す。導き出した答え。 


「彼の意志の強さを示すシングルノート。その香りはパロサント。花言葉は……『尊敬』」


 香りには意味が存在する。リラックスさせること、情熱を滾らせるもの、不安を解消するもの。


 そして、種や花、木など、原料となるものにもまた、その名が付けられた意味がある。パロサントは『聖なる木』という意味を持つ。打ち破る力。


 合計二〇滴。混ぜ合わせた香水をワンプッシュ、フォーヴは首筋に。トップの甘く優しく、それでいて独特な苦味もある香り。うん、心地いい。ここから少しずつ、香りは変化していくとのこと。数時間でラストノート。パブロの一〇年を考えれば一瞬だ。

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