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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
自由な速さで。
88/369

88話

「あちらですと、香水ではなく香油になりますね。どちらでも問題ありませんよ。ただ、以前作ったものがまだ余っているので、私はこちらを使っています」


 と、ロールオンタイプのアトマイザーを、ブランシュはポケットから取り出し、「よろしければどうぞ」と、興味津々なフォーヴに差し出す。第一楽章のみのもの。全て入った香水や香油は、ギャスパー・タルマの参考のため、さすがに渡してはいけない気がしたが、これなら大丈夫だろう。


「え? いいのかい? 大事なものなんじゃないの?」


 受け取りつつも、少し申し訳なさを感じる表情をフォーヴは作る。今すでにひとつ作ってもらっているのに、さらにいいのだろうか。


「材料さえあればすぐに作れますから。お、お友達の記念に」


 言ってみたかった。ブランシュは心の中で復唱する。お友達。ニコルを含むと五人目だ。多ければ多いほどいい。せめてあと一〇人くらいは言ってみたい。


 またパリの思い出がひとつ増えたな、とフォーヴははにかむ。


「なら、ありがたく頂戴するよ」


 そう感謝し、自身の手首に塗って香る。鼻腔を軽く刺激される。


「うん、甘さと爽やかさが絶妙ないい香りだ。『雨の歌』、開幕に相応しいね」


 まるでブレスレットでもプレゼントされたかのように、遠近様々な角度から塗布した箇所をフォーヴは見つめる。あまり香水というものを使ったことがないため、珍しさと楽しさが入り混じった感情になる。


「トップノートなので、数分で消えてしまいますから、そこは注意です」


 使っているアマルフィレモンとメープルは揮発性が高いため、三〇分ほどで香りは飛んでしまう。そのためのトップノート。香水の入り口のようなもの。ブランシュはその特性をフォーヴに伝えた。


「なるほど。香水も奥が深いね。面白い」


 これを機に、少し勉強してみようかと思うほど、フォーヴの琴線に触れた。途端に、もっと旅行なんだから、オシャレしてくればよかったかな、と少し恥ずかしがる。香水に似合った服装なのか自信がない。


 そうこうしているうちに、『無伴奏チェロ組曲』の香水が出来上がる。香りを確認しながら一滴一滴足し、合計二〇滴。トップ・ミドル・ラストそれぞれの香りも、ブランシュの基準だが、申し分ない。自身がチェロの奏者ではないので、完全に突き詰めることはできないが、それでも満足のいく仕上がりだ。


「お、できた? 最初に嗅いでいい?」


「ダメです。これはフォーヴさんのものですから」


 初物を奪おうとするニコルから、ブランシュは間一髪奪取に成功する。そして香りの解説をする。


「まず、三つに分けるにあたって、トップに第一番の爽やかさ、第二番の内面を曝け出すようなニ短調の精神世界を持ってきました。プチグレン、そしてブラックカラント」


 プチグレンは柑橘類の葉や茎から取れる香りで、フルーティかつビターな香りのする精油だ。それでいてフローラルな優しい香りも奥に潜む。ブラックカラントはカシスとも呼ばれ、少し野生味のある青々しい香り。ゆったりとした第二番の、自身を見つめ直すかのような穏やかさを、人間らしく追求する。


「てことは、三番と四番がミドルになるってことかな?」

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