86話
その後はブランシュとニコルの部屋へ。
さすがに三人となると若干の窮屈さはあるが、ブランシュにとってはなんだか秘密のパーティーでもやっているようで楽しい。元々、ひとり部屋だったこともあり、賑やかになるのは少し不思議な感じだが、嬉しいことに変わりはない。お茶菓子がまだ下のベッド裏に貼り付けて残っていたので、三人ぶんのエスプレッソと一緒に出す。見つかるとニコルに食べられていた。
「うわー、まだあったのか。気づかなかった」
少し悔しそうにガレット・シャランテーズを頬張るニコルが、頭を抱えた。全部見つけたと思っていたのに。
「灯台もと暗しです」
冷静に、無表情のブランシュが返す。まさか自分の身近にあるとは思わなかっただろう。少し、してやったり。
「ありがたい」と、エスプレッソとお菓子をいただきながら、フォーヴが話を切り替える。重要なこと。
「で、ピアノに当てがあるって本当なのか? なーんか裏がある気がするね」
最初から出さなかった奥の手に、若干の怪しさを感じ取る。
それには、ニコルは飲み込みながら、あっけらかんと答えた。
「裏はあるよ。いけるかはわからないからね。いけたらデカい」
確実ではない。だが、そのぶんのリターンもある。そういうこと。だから、使わないで済むなら、それで済ませたかった。そんなこと言っている場合ではなくなったから使う。三人が戻ってきてからでも、フォーヴはいないが、なんとかなるかもしれない。それでも、やるだけはやってみる。
「ま、その辺は任せるよ。楽しみにしてる」
それを聞いて、フォーヴも安心した。サイコロを振った目で決まる、そんな行き当たりばったりの旅行だが、記憶には鮮明に残るだろう。本来なら出会えなかったかもしれない者達にも会えたし。これだから旅は面白い。
「でも、本当は観光に来られてたはずなのに……申し訳ありません」
本人がいいと言いつつも、やはりブランシュは気になってしまう。三日間、なにかいい思い出を持っていってくだされば、そう考える。
ブランシュは優しいなぁ、とフォーヴは笑みを浮かべた。
「いいっていいって。本当にノープランだったから。さっきも言ったけど、むしろ感謝したいくらいさ。面白いことに巻き込んでくれて。それよりも」
と、テーブルに置かれたアトマイザーをひとつ、手に取った。
「香水。ぜひ作ってみてほしい。曲はそうだね、バッハ『無伴奏チェロ組曲』とかどう?」
おそらくチェロの曲の中でも、五本の指には入るであろう有名な曲。その曲をイメージした香水。その作成過程をフォーヴは見てみたい。
「香水、ですか?」
「おぉ? いいんじゃない? いいよ、やるやる」
逡巡するブランシュとは逆に、どの曲かわからないが、ニコルは快く引き受けた。当然作るのはブランシュ。それくらいは安いもんよ、と悩むまでもない。
ジトっとした視線をブランシュはニコルに向ける。しかし、それでよければぜひお土産に持っていってほしいと、快諾した。
「はい、喜んで。楽しんで作らせていただきます」




