85話
「たしか、みなさん三日だったと思います。四日から学校ですので、それに合わせるのかと」
既に予定は把握していたブランシュが答える。というより、三人とも誰が次の曲のピアノを担当するか、競っているところがある。抜け駆けしないように彼女達が合わせたものだった。一応は曲は伝えてある。
だが、懸念点はいくつかあり、フォーヴが挙げる。
「そもそも、『新世界より』は元々ピアノの曲じゃないからね。なかなか難しいところだ」
ピアノに編曲した譜面は存在するが、三人ともノエルの時期にある教会での演奏会に出場するため、ブランシュはそちらの邪魔をしてはいけないと考えている。新たに覚えるにしても、その練習の負担になってしまうことは、絶対に避けたい。『新世界より』を元から練習していたならともかく、新たに覚えるようにはしてほしくない。
「まいったね、ぜひその完成を私も見届けたいところだが、そうもいかないか」
唇を噛んで悔しそうにするフォーヴだが、何かないかと思考している。なにか他の楽器は? いや、ピアノ三重奏でやっと形になる。むしろまだ足りないけど。
ブランシュとしては充分に協力してもらっているため、これ以上は望めない。今の時点ですら申し訳なさが勝つ。
「いえ、本当にありがとうございます。すごく参考になります」
できるところまではやろう、と約束しつつ二人は楽器を片付ける。ダメで元々。どこまでいけるかわからないけど、悔いがないように。
その様子を黙って見ていたニコルだが、俯きながらひとつの可能性を提示する。
「……当てがないわけじゃない、って言ったらどうする?」
それにフォーヴは半信半疑で驚く。
「ピアノの? 第一から第三はともかく、第四はなかなかの難易度だと思うが、そんな人が?」
ただ楽譜通りに弾くのであれば、おそらく音楽科の生徒なら弾ける。しかし、この状態のブランシュに満足のいく演奏を、本来と違うピアノ三重奏でできるとなると、相当なものになると予想できる。
「まー、聞いてみるだけ。とりあえず、一旦部屋に戻るか」
やれることをやるしかない。ニコル自身は演奏しない。であれば、やれることは弾ける人を探すこと。ならば、どんな手を使ってもやってみるだけ。
「その前に」
舞台から降りようとするニコルとブランシュを、フォーヴが引き止める。
「?」
二人は顔を見合わせ、なにか忘れ物があったか考えるが、特に思いつかない。大きい荷物は部屋に置いてきた。
すろと、服のポケットからフォーヴはカメラを取り出し、二人の肩に腕を回す。
「写真。旅行の記念に。もう友達でしょ?」
ショコラトリーでも撮影したが、ここでも。思い出は多ければ多いほどいい。一緒に演奏をした記念でもあり、パリでの初日に気の合う友人達と、というタイトル。
「いいね」
「ぜ、ぜひ!」
二人も了承し、撮影。ブランシュは恥ずかしくて言えなかったが、ずっと友人になりたかった。フォーヴからしたら、一緒にショコラトリーに行った時点でそう思っていたが。
「モンフェルナの音楽科ホールにて。まさか入れるとは」
いいホールだとはフォーヴも知っていたが、実際に体験してみて感動した。客席の配置や壁の素材など、ありとあらゆるものが音楽をするためのものになっている。いち学校の設備としては、これ以上のものはないと断言する。
「交換留学とかなかったっけ? 来たらいいのに。フランス語もうまいし。ワロン語だっけ」
そのほうが楽しいし。ニコルもフォーヴが来てくれるなら大歓迎。仲間が増えるのは嬉しいし、学校がより賑やかになる。なんだったら同じ部屋でいい。
「それもいいね」とフォーヴも乗り気だが、中々そううまくはいかない。
「あれはそれなりに審査が厳しくてね。私の友人が通ってるはずだが、どこにいるやら」
ということは、音楽科の生徒なんだろうか。そのうち会えるかもしれない。その人とも仲良くなれたらいい、そうブランシュは考え、伝える。
「そうなんですね。もしお見かけしたら、フォーヴさんのこと、お伝えしておきます」
「助かるよ。名前はジェイド・カスターニュ。たまにはそっちから電話もしろって」
大事な友人。ショコラ作りで頑張っているはず。期待を込めて、フォーヴはお願いした。昔はたしかヴィオラをやっていたはず。とはいえ、さすがにブランシュと演奏できるレベルではないけど。
「わかりました、必ず」
その方に会えたら、どんな話をしよう。お菓子作りとか興味あったら嬉しい。そんな妄想をブランシュは抱いた。




