83話
いわゆるピアノ三重奏。そしてこれなら交響曲との共通点がある。それは基本的には両方とも『第四楽章』構成曲が大半を占めること。そしてそれらほぼ全てが『急—緩—急(舞)—急』というメリハリのついたものであること。ちなみになぜメリハリがついているかというと、聴衆が寝ないようにという配慮による。
「うん、いいね。むしろそれしかない」
パッとフォーヴの顔が笑顔になる。少しでもゴールへの道が見えている方が、やりがいもある。気合いを入れ直す。
「鉄道音に関しては、オーケストラの人によっては、石炭をくべている様子や、上り坂を悪戦苦闘している姿なんかが、なんとなく感じ取れる人もいるとか。とすると、そういった乗組員の姿が思い浮かぶような、そんな香りになると思うね、私は」
昨日まで香りのことなど考えたこともなかったが、フォーヴもなにか掴んできたようだ。香水には詳しくないが、メンズの香りになるのだろうか? と、予想も立ててみる。
「なるほど……それは考えていませんでした」
となると、スモーキーな香りは確定的か。パチュリやベチバーなど、土の香りがするもの。タバコの香りもするかも。なんとなく、当時の労働者はタバコが似合うイメージ。よし、後で試しに作ってみよう。
「お役に立てたようだね。では、もう一曲いこう。チャイコフスキー『花のワルツ』、いけるね?」
「はい、お願いします」
そこから一時間ほど、小休憩を挟みつつ演奏する。お互いに高めあい、混ざり合う音楽。どちらかというと、フォーヴがブランシュ合わせるように、音色を紡ぐ。演奏もブランシュとヴァイオリンの動きを見て、微調整している。ゆえに、ブランシュは自由に弾くことができる。
(ヴィズさん達のピアノとは、また違う安心感があります。もし他の人達と共演したら、どうなってしまうのでしょうか)
パガニーニやコダーイなど、ヴァイオリンとチェロの二重奏曲を中心に、自由に弾いたところで、予約していたホールの時間は残り一〇分ほど。あと一曲というところになる。
音を合わせてきたフォーヴだが、ひとつ気になっていたことを懇願する。
「それよりもさ、最後に見せてほしいね。香りを音にする、っていうヤツをさ」
本当なら、これはルカルトワイネへのいい土産話になる。聞いたこともない生態。音に色を見る共感覚などは、昔の作曲家などでいたとは聞いたことあるが、香りを音に、音を香りにするのは歴史上でもいたのか疑わしい。確認する手段はないけど、カフェで聞いた時からずっとワクワクしていた。
「となると、『雨の歌』か。ピアノはいないからヴァイオリンだけになるけど」
ニコルが仕切る。まぁ、それくらいはかまわないだろうという配慮。手伝ってもらってるし。やるのは私じゃないし。
それを聞き、ブランシュはポケットからひとつ、アトマイザーを取り出す。肌に直接塗るロールオンタイプ。ブラームス『雨の歌』第一楽章のアトマイザー。作成した時の苦労が思い出される。ヴィズ達の協力がなかったら、絶対にできなかった。




