82話
「ブランシュ。このままでは、ドヴォルザークが意識した『鉄道音』が聴こえない」
焦ったような表情で、フォーヴは意見を述べた。一大事だ、と顔色が悪い。
「……説明」
唐突にワケのわからないことを言い出したベルギー人を、ニコルは冷ややかな目で見つめる。鉄道? なんでいきなり鉄道の話? ブランシュなら何か知ってるかも。要求する。
フォーヴの言いたいことを理解しているブランシュは、まぁそうなりますよね……と頷いた。
「……はい、ドヴォルザークは重度の鉄道マニアだったことが明らかになっています。暇さえあれば、ニューヨークのグランド・セントラル駅で駅員と話したり、車両番号や時刻表も丸暗記していたそうです」
むしろ、故郷愛の強いはずのドヴォルザーク。音楽院の院長になってほしいというアメリカの要望に応えたのも、実は鉄道が見たかったから引き受けた、という逸話もあるほど。
「やばいヤツじゃん」
胸に飛来した、シンプルな感想をニコルは伝えた。
さらにフォーヴも補足する。鉄道に関するドヴォルザークの話は多い。
「新しい蒸気機関車が登場するということで、ドヴォルザークは見に行きたがったんだが、どうしても都合がつかない。てことで娘の恋人に製造番号を記録させに行ったが、彼は間違った数字を書いてしまった。それに気づいたドヴォルザークは、娘に『あんなのと結婚するつもりかッ!』と、怒鳴ったらしいね」
「……」
ニコルは沈黙しかできない。
さらにさらにブランシュが補足を重ねる。
「それ以外にも、本物の蒸気機関車が手に入るなら、今までに作った曲全てと交換してもいい、とまで言ったとか。機関車の異音に気づき、乗客の命を救ったとか、家には機関車の模型だらけだったとか——」
「オーケーオーケー。ドヴォルザークがいかに鉄道マニアだったかは、もうお腹いっぱいだわ。たしかに、ドヴォルザークを語るなら、鉄道の雰囲気は必要かもしれない」
今夜の夢、鉄道が出てきませんように。ニコルはそう願い、話を打ち切った。元々、自分から説明を振った身ではあるが、まさかこんなにあるとは。聞かなきゃよかった。
「なんかいい方法ある?」
鉄道音を楽器でどうしようかなど、ニコルには思いつかないが、楽器に精通している人ならなにか案があるのかもしれない。そのあたりは任せるしかない。が。
「ない……んじゃないかな。それに、さすがにヴァイオリンとチェロだけでは、交響曲とは言えないし。他にも色々とないと、完全に感覚と一致しないんじゃない?」
難しい顔でフォーヴがやんわりと否定する。そもそも管楽器がなくていいのか。打楽器は。定義自体を無視している。たしかに、交響曲をその通りに奏でることが目的ではない。結果的に香水を作ることができればいい。自分にない感覚なのでわからないが、大丈夫なのだろうか。
なんとかならなそうな雰囲気を感じ取り、ブランシュも同調する。
「それは……たしかに。となると、せめて管楽器は欲しいですが、なんとかピアノでも代用でき……ますかね」




