81話
アクアバルーンの中では、二種類の菊とかすみ草、シダが咲き誇る。白いスプレーマムの花言葉は『清らかな愛』、そしてピンクのポンポンマムの花言葉は『甘い夢』。愛を抱いて、醒めない夢を。
男性は深く息を吸い、そしてゆったりと息を吐く。花の声が、自身の身に染み込むように。込められた意味は、しっかりと理解した。さすがあの男の娘。いや、それは関係なく、彼女の力か。
「……やっぱりキミに頼んでよかった。キミのお父さんに頼むと、適当に切り花渡されて終わりだろうからね。M.O.Fは難しい性格が多い」
仮定の話を想像し、男性は身震いする。なんてヤツだ。職務怠慢にもほどがある。次に会った時は、今日のことをたくさん自慢してやろう。
M.O.Fは難しい性格。そこに引っ掛かりを覚えたベアトリスは、頭を抱えた。なにを言ってるんだこの人は。
「それはあなたもでしょう。調香師ギャスパー・タルマ。来るなら電話くらいしてくださいって」
次のお客さんが来るギリギリだというのに。追加で働かせてやがって、と迷惑にしか思っていない。
ギャスパー、と呼ばれた男は悪びれる様子もなく戯ける。
「サプライズが好きだからね。驚いた?」
「早く帰ってほしい」
冷たくベアトリスは事実を言い放つ。見ればわかるだろう、と内心穏やかに激怒。昔から、彼の奇行には翻弄されっぱなしだ。 どうせこの人の孫とかもこんな感じなのだろう。
「まぁまぁ、ひとつ聞きたいんだけど」
落ち着けるようにジェスチャーし、ギャスパーは宥める。一度火がついたらややこしい子なのは知っている。
「別料金で」
全部ギャスパーの思惑通りにいくのが面白くないと感じて、ベアトリスは出来うる限りの抵抗をする。なにかするたびに料金が発生するシステムもありか、と店の懐も潤う算段も視野に入れた。
しかし、そこは無視してギャスパーは低い声で、真剣そうに話す。
「……ドヴォルザーク『新世界より』。この曲に必要なものはなんだと思う?」
「知らん」
あっさりとベアトリスに受け流される。付き合いきれん、と突き放す。
「そう言わずに」
とりあえずすがりついて、もう一回会話のラリーをギャスパーは試みる。
「楽器。優秀な指揮者。反響のいいホール。マナーのいい聴衆」
箇条書きのようにベアトリスは羅列するが、ギャスパーは渋い顔をする。
「そういうのじゃなくて。これを抜いたら、最後のピースが完成しないなっていうもの」
そう言われ、ベアトリスは熟考する。
ドヴォルザーク。名曲だらけのチェコの作曲家。個人的に『英雄の歌』が好き。彼を構成する要素はいくつもある。考える時は、花を触っている方が思いつく。手近にあるシンフォリカルポスを手に取り、アレンジメントを考える。
「まぁひとつ挙げるとすれば」
うーん、と唸り、全体の構成、色合いをイメージする。
「『鉄道音』、だな」
そしてハサミを取り出し、シンフォリカルポスの茎をパキッと切り落とした。




