75話
まず、結果から言うと、フォーヴの寮への立ち入りは可能だった。ニコルの宿敵である看守に、留学の下見という嘘の事情を説明し、ルカルトワイネのICカードを照合すると、ゲストカードが貰えた。それがあればホールへの立ち入りが可能となる。後ろにピッタリくっついてフラッパーゲートを通過する必要はない。
「ということは、キミ達がウチの学校に行っても大丈夫なようだね。確認できただけでもよかった」
たしかに、ドキドキせずに行き来できるなら、それに越したことはない。フォーヴもスッキリとしたようで、安堵の表情を浮かべる。
部屋に着いて、まずブランシュがやらなければならないこと。洗濯物だ。さすがにもう終わっていて、あとは干すだけ。乾燥機でいけるものは乾燥機。ダメなものは部屋干し。優しいハーブの香りが部屋に漂う。
「すみません、なんか部屋の中で……」
「気にしないでいい。こっちこそ、転がり込んですまない」
なんとなくブランシュとフォーヴがお互いに申し訳なさを感じているが、提案者のニコルはどこ吹く風とばかりに、アメニティをもらってきた。それをフォーヴに配り、とりあえずは泊まれる環境は作り終わる。
「ベッドはゲストなんだし、フォーヴはベッド一個使いなよ。私達は同じでいいから」
さすがに、色々と面倒をかけていると感じたのか、珍しくニコルが優しい顔を覗かせる。いくら彼女に予定がなかったとはいえ、自分達の事情に巻き込んでいる自覚はあるのだろう。フォーヴはやんわりと否定するが、ブランシュもニコルに同意したので、多数決で決した。
「寝袋とかでも持って来ればよかったんだが」
「いえ、気にしないでください。長旅でしょうし」
申し訳なさそうなフォーヴに、ブランシュは笑顔で返す。
さすがに寮も予定になかった留学生の宿泊であり、部屋は空いていない。いない生徒達も多いから空いてないというのも違うが、勝手に使わせてもらうわけにはいかないだろう。
そしていつものように音楽科のホールを予約する。突発的な使用ではあるが、当然誰の予約も入っていないため、いきなりでも可能になるのはありがたいところ。それでもブランシュは若干の心苦しさを感じる。
フラッパーゲートを無事通過し、扉を開けてすり鉢状の階段を降りる。古代ローマのアンフィテアトルムから着想を得たという、客席がステージを円形に囲むホール。
舞台に上がり、軽くチェロを鳴らしたフォーヴは身震いした。
「……これが。素晴らしい反響だ。『響きの良さに感動した。まるで音の宝石箱のようだ』ってカラヤンなら言うだろうね」
ヘルベルト・フォン・カラヤン。二〇世紀を代表する、世界的なオーストリアの指揮者。自身の音楽理論に飽くなき追求をし、『帝王』『魔術師』などとも称されるクラシック音楽界の重鎮だ。その彼ですら満足する、とフォーヴは確信する。
それにはブランシュも同意見だ。
「サントリーホールができた時に発した言葉ですよね。たしかに、素晴らしいホールです」




