71話
「おぉ、噂には聞いてたけど、ここがマリーアントワネットで有名なショコラトリーか」
上から下まで石造りな店の外観を見つめ、頷きながらフォーヴは感嘆した。
パリ七区には、最古とも言われるショコラトリーがある。かつてマリー・アントワネットは、薬が苦くて飲めないからショコラにしろ、と当時の薬剤師に注文をつけた。もちろん無理と言えば処刑される。そこで彼は、ウィーンのホットショコラをヒントに、薬を包み込んだショコラを開発したのだ。その薬剤師が後に甥と始めたのが、そのショコラトリーである。
「そう、ここを背景に写真を撮る。これが観光の醍醐味。七区はショコラトリーの大激戦区だからね。本場の人間でも満足するでしょ」
と、ニコルは、フォーヴとブランシュと三人で、店のショウウインドウを背景に写真を撮る。そこには、ジャカード織りの高級感溢れる、柔らかなクッションのような生地が使われている箱と、高級そうなショコラ。箱はフランスの伝統芸能『カルトナージュ』によって、美しく装飾されている。マリー・アントワネットのショコラ以外にも、お店の売れ筋商品が、エレガントかつ貴族感溢れる箱に入れられ、口を開けて並べられている。
「馴染みすぎです……」
まるで一〇年来の友人であったかのように、初対面のはずのニコルとフォーヴはすでに仲良くなっている。内気で人見知りな自分には無理、とブランシュはシンプルに羨ましい。
「あとはほら、ロシュディ・チェカルディのショコラトリーも気になってたんだ。それも七区だよね?」
ロシュディ・チェカルディ。ギャスパー・タルマと同じくM.O.Fであるショコラの大御所。ワールドチョコレートマスターズの審査員も務めるほどの実力と権力を持つ重鎮だ。その彼の店も、ここ激戦区の七区にある。
「あー、『WXY』? あそこはカフェも併設してたはずだから、行ってみるか。少し話も聞いてみたいし」
立ち話もなんだしね、とニコルはウキウキで歩を進める。すでに先の店で秋の新作はひと通り試食し、気に入ったものは購入した。フランスという国は、様々な分野で『新作』というものが出にくい。昔から存在するものを改良する傾向が強く、それを守り続けている。が、ショコラはわりかし新作の多い分野だ。
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